泥棒猫ふくちゃん

 幼稚園の友達のお母さんと普段の買い物の話をしていたら、近所の寂れきったショッピングセンター(というより小さな商店の集まり)の中にある魚屋の魚が、じつは美味しいのだということだった。
 本通に入り口があって、そこから京都らしい鰻の寝床のような細い通路が奥へと延びているらしいが、表から見ても薄暗くていかにも入りにくそうなので、いつも素通りしてその向こうのスーパーへ行っていた。
 それを、その美味しい魚を買うために、きょう勇気を出して入ってみた。入るのははじめてである。
 通路の両側にぽつぽつ小さな店が並んでいるが、外から見たとおりの寂れようで、営業しているのはほんのわずかである。商品が何もおかれていない豆腐屋や、なかには、一昔前のりかちゃん人形のおもちゃ美容院にでもありそうな棚や椅子が並べられた用途不明の一角もあった。どこも薄闇がかかっている。
 時間を遡っていくような暗い通路の向こうに、ぼんやりと魚屋の白熱灯が見えた。魚の下に敷かれた氷の粒が、電球の明かりできらきら光っている。
 おばさんが出てきてどれにしましょうというので、ぶりの切り身をふた切れ買った。
 暗い通路を戻って本通に出ると、少しほっとした。
 魚屋のおばさんがフライパンで照り焼きにしたらいいと言っていたから、そうすることにした。
 じゅうっと焼きあがったのをお皿に乗せて、少しのあいだその場を離れていたら、ちょうど帰ってきた夫が、「ふくちゃん魚食べてる!」と叫んで、ふくちゃんの黒い背中がぴゅーっと走っていった。美味しいぶりだったので、つまみ食いはいけないと思いつつ、いい匂いについつい手が出てしまったのかもしれない。
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