日々、あんのん。

からだの育ちの凸凹、学習のスタートラインにつけない人のもっと学びたい、発達したいを応援します。

脱支援のススメ〜ゴールはその先!

2020-09-09 17:14:00 | どこでも治そう発達障害
台風の影響があったり、大きな台風が来たり、あっという間に9月も2週目が終わろうとしますね。

8月の最後の土日、素晴らしいお話を聞きに行きました。


藤家寛子さんと廣木道心さんの「脱支援のススメ〜利用者と支援者が見た支援」という講演会です。

講演会については、主催者さんやお話しくださったお二人、花風社の浅見さんなどがブログにアップされています。

からだメンタルラボ


藤家寛子さん


廣木道心さん


花風社 浅見淳子さんブログ


もう、これらに当日の全てが詰め込まれています。

私がお二人のお話を聞いて感じたのは、「自立を目指していた特別支援教育による支援は、既にビジネスになっていることを多くの人が気がついていないのだなぁ」ということです。

私は7年前まで、学校内で「特別支援教育支援員」として働いていました。

この制度で支援員は名目上は、

「幼稚園、小・中学校、高等学校において障害のある児童生徒に対し、食事、排泄、教室の移動補助等学校における日常生活動作の介助を行ったり、発達障害の児童生徒に対し学習活動上のサポートを行ったりするため」

に配置されるものです。分けるためではなく、どちらかと言えば障害があっても地域の学校で同学年の子供たちと過ごすために配置されるのです。

私は食事や排泄のお手伝いの経験がなく、説明を聞きながら「できるかなぁ」と不安でした。

配属された中学校では専ら学習上のサポートで、ホッとしつつも、テレビなどで「地元の学校に入学させたい」と訴える親御さんたちを見ると「支援員を活用できないのかなぁ」ともどかしい気持ちで一杯になりました。

今、私の住む県内では身体のサポートがいるお子さんのために支援員が配置されている学校はどのくらいあるのでしょうか?

以前、一緒に支援員として仕事をした同僚もほとんどが「学習のサポート」として入っていることと思います。

そして、以前、支援員をしていた時の私は、普通のクラスで授業を受けているサポートが必要な子どもたちが、その実力を発揮するためには「支援学校に行った方が良いのでは?」と思っていました。

それは、普通のクラスの流れに取り残されて、全て同級生のお膳立てしてくれたところに乗っかって終わりでは、この子は自立できないのではないか?と思ったからです。

特別支援教育は、子どもの自主性を育て、自立を促し、できることを増やし、就職させて地域で暮らせる、と思っていたからです。

それが、幻想であるかもしれないことを感じたのは、支援員を辞める2年ほど前です。そして、学校での仕事を辞めて花風社の本(その時は『自閉っ子と未来への希望』『発達障害は治りますか?』)などを読み、身体面からのアプローチで素晴らしい成果を出していた森嶋さんと灰谷さんが手を組みかけた子どもをカテゴライズするセミナーに足を運び、完全に「おかしい。支援は自立させない。凸凹っ子はお金になるんだ⁉︎」ということに気が付き「支援≠自立」だ!と目が覚めました。

今でも、親切に「生涯にわたる支援を提供するには」と善人ぶって語る人たちはいます。

もちろん、一生涯支援が必要な人もいます。そういう方は、何の肩身の狭い思いなく、必要な支援を受けられ、ご家族共々生活の質を確保して欲しいと思います。

でも、自分で考えたり、自分で自由に行き来できるお子さんが、特別支援教育に関わったが最後、一生支援が必要と烙印を押されるのは違うのではないか、と思うのです。

ちょっと知り合いとランチも一人でぶらっとお出かけも、数週間前から許可をもらう。親との外泊も許可がいる。お風呂の時間が16:30〜、夕飯は18:00〜、その後消灯時間までやることが思いつかない…。

これはあるグループホームで過ごしている、かつての教え子が言っていたことです。

安全も住む場所も提供されているけれど、グループホームにほど近い作業所との往復の毎日。

これが特別支援教育のいう自立したゴールなのか、本人や家族の設定したゴールなのか知る由はありません。

自分の食事や洗濯など身辺のこと、近所の方と会えば挨拶をするくらいのコミュニケーション力、ゴミを決まった日に決まった場所に捨てるなどできれば、アパート借りて、アルバイトで生計を立てた方が自由かもしれません。

選ぶのは本人とご家族です。

放課後デイサービスもグループホームも作業所も、障害のある人たちが来ることで成り立っています。

ただ、そこに通う人がそれらを支えているわけではなく、そこに通っている人も含めみんなが払った税金でそれらの事業は成り立っているのです。

そして、福祉は実はしたたかに、「来て欲しい人」と「来て欲しくない人」を選んでいることも今回の講演会でお話を聞くことができました。

今回のお話は、優秀な利用者であればあるほど、福祉のレールに乗り、そこを外れることが難しいことや福祉の現場にとって、利用者は施設の維持管理や毎月のお給料を運んでくる金づるであることが赤裸々に語られました。

福祉を利用して助かっているのは本人なのか、家族なのか。そんな現実を考えた時間でもありました。

そして、自立や脱支援することが目標のゴールではないこと。

個々人が日々の小さな実りを喜び、己の人生を充実したものにし歩み続けて、来るべき人生のゴールを目指すのかなぁと思うことでした。


コメント (2)
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