杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

バベル

2007年05月16日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)
2007年4月28日公開 143分

末の息子の突然死で壊れかけた夫婦の絆を取り戻すための旅をしているアメリカ人夫婦のリチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)。彼らの幼い子供たちを世話するのは不法滞在のメキシコ人ベビーシッター。一方、山羊を狙うジャッカルを退治するため、不法な銃を手に入れた父親は息子たちにそれを渡す。日本ではその銃の持ち主だった男の聾唖の娘チエコ(菊地凛子)が父(役所広司)との心の疎通や自分の境遇に苛立っていた。そしてある日、一発の銃声が響き、彼らの運命を変えていく。

モロッコ、メキシコ、アメリカ、日本を舞台に、一見脈絡のない人間模様が、やがて一つの線上に浮かび上がっていく。これはアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ 監督お得意の手法らしい(21g、アモーレス・ぺロス)
私は21gしか観てないが、確かに切れ切れの断片を繋ぎ合わせるような手法だ。

でも・・・賞レースを賑わせる作品として「凄く感動した!」「素晴らしかった」という感情は沸いてこなかったかな

今夜はかなり斜め、ひねくれ視線の感想です。

まず、日本のシーンの必要性について。

娘が聾唖であることは会話の疎通が十分でないことの理由にはならないし、父との距離感も娘が一方的に抱えているように見えます。そのことが性的に攻撃性を増す理由として使われるのは納得出来ないし、あれでは単なる欲求不満なバカ娘じゃないかと。特に歯医者とのシーンはお話にならない。

問題のクラブの明滅シーン(劇場窓口で口頭注意あり)も、音と光と人の洪水の真っ只中にいての孤独感を表現したいのだろうけれど、その方法はもっと他にもあったのではと思ってしまう。確かに、疲れる映像だし。

伝わらないもどかしさは、この日本のシーンで監督が意図したことだったりして?

モロッコ人の、早熟な弟と自分より能力の優る弟への嫉妬を抱えている兄との関係自体はよくある話だが、結末はかなり厳しいなぁ。実行したのは弟だが、そのきっかけは兄が作ったとも言えるけど、あくまで弱者に徹底して冷たい運命だね。

気持ちはわかります。わかった上でキツイ言い方だけど、雇い主の子供たちのことを考えているようで、実は自分のしたいことを優先させる乳母も自業自得という見方ができる?で、甥の彼(ガエル君)の行方やいかに。

テロへの恐怖心から撃たれたスーザンと夫を置き去りにしてしまう他の観光客。事件を大げさに受け取りヒステリックな反応をするアメリカ政府の姿に風刺を見たといってはそれこそ過剰反応ですか?

ボタンの掛け違いが起こした悲劇の連鎖だけれど、そもそもは人間の利己性が関わっているように思えてならないのでありました。

主要キャストであるアメリカ人夫婦の失われかけていた愛の絆を取り戻せて良かったね~。子供たちが無事で良かったね~という主にアメリカ万歳的なラストに不満があるわけでもないし、判断を誤ってしまったモロッコ人少年や乳母の運命が当然だとも言いません。

ちょっと、自分に合わなかっただけ。

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