シュモーハウス
米国のフロイド・シュモー氏は、広島・長崎の原爆投下に心を痛め、住まいを失った広島の人々のために家を建てる活動を進めました。
この建物は、1951年(昭和26年)に集会所として建てられ、地域活動の拠点として活用されてきました。
2012年、被爆後の広島に寄せられた海外からの支援を伝える、広島平和記念資料館の附属展示施設となりました。
運営スタッフのお一人が、原爆の子の像の建立のきっかけとなった佐々木禎子さんと同級生だったと話されました。
広島高速3号線
急傾斜地崩壊危険区域
江波二本松地区
道路建設のため、現在地に少し移動させたそうです。
広島の家
スタートした計画 1948〜49年
皆実町 最初の建設 1949年
江波皿山ふもとでの建設 1950〜52年