以前のことだけど・・・
小学生の孫が来ていた時に二人で花札をして遊んだ。
彼女は花札遊びが初めてで凄く面白かったらしく、何度もやった。
最初は孫が勝ち続けていたんだけど、
そのうち私が勝ち始めて、10回戦勝負で私が勝ったことがあった。
その前にやった時には孫は圧勝し、ご機嫌だったんだけど、
負けて非常に不機嫌になって八つ当たりし始めた。
私は「負けてそんなに不機嫌になるんなら、もうやらないよ」と言った。
ニコニコ笑ってそう言ったわけじゃなかった。
不愉快な私だった。
ニコニコして言ってたら、こんな文章は書かない。
この時の「負けてそんなに不機嫌になるなら、もうやらないよ」
は一種の脅迫だった。
勝負に負けても不機嫌にならない人もこの世にいるだろうけど、
この子はまだ小学生だ。そんなに出来ている子供がいるわけ無いのに。
アホな私は小学生を裁判にかけたんだった。
それが正しい!というのがあったので、
(後でそういう自分だったことがわかった)
正しい姿でない様子を見て非難感情が心に生まれたのだった。
なので、その瞬時、明るい私じゃなかった。
その後しばらく、孫はとても寂しそうだった。
面白い花札が出来ない(実際その後もやったけど)寂しさじゃなく、
自分のその時の自然な思いを否定された寂しさだったと思う。
本当にアホで頑固な私だった。
でも、あの時それを発見できてよかった。
でも、ごめん。本当に。
悲しい目に遭わせた。
小学生の孫が来ていた時に二人で花札をして遊んだ。
彼女は花札遊びが初めてで凄く面白かったらしく、何度もやった。
最初は孫が勝ち続けていたんだけど、
そのうち私が勝ち始めて、10回戦勝負で私が勝ったことがあった。
その前にやった時には孫は圧勝し、ご機嫌だったんだけど、
負けて非常に不機嫌になって八つ当たりし始めた。
私は「負けてそんなに不機嫌になるんなら、もうやらないよ」と言った。
ニコニコ笑ってそう言ったわけじゃなかった。
不愉快な私だった。
ニコニコして言ってたら、こんな文章は書かない。
この時の「負けてそんなに不機嫌になるなら、もうやらないよ」
は一種の脅迫だった。
勝負に負けても不機嫌にならない人もこの世にいるだろうけど、
この子はまだ小学生だ。そんなに出来ている子供がいるわけ無いのに。
アホな私は小学生を裁判にかけたんだった。
それが正しい!というのがあったので、
(後でそういう自分だったことがわかった)
正しい姿でない様子を見て非難感情が心に生まれたのだった。
なので、その瞬時、明るい私じゃなかった。
その後しばらく、孫はとても寂しそうだった。
面白い花札が出来ない(実際その後もやったけど)寂しさじゃなく、
自分のその時の自然な思いを否定された寂しさだったと思う。
本当にアホで頑固な私だった。
でも、あの時それを発見できてよかった。
でも、ごめん。本当に。
悲しい目に遭わせた。