ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

無抵抗 ⑥

2012-03-13 21:15:22 | ひとの幸福
攻撃→抵抗→攻撃→抵抗→・・・の循環にあるとき、

攻撃→無抵抗 となったら、この次→何が生まれるか?

無抵抗 のわかりやすいいい例だと思うのは、

ここで何度も書いた井の頭公園の露出狂のエピソードだ。(ブログ11/2 )

白昼の性器出し男は私から抗議も蔑視も無視もされずに、

ただ見られていた。

そうしたら、すぐにズボンを上げて、去っていった。

自分から積極的に次の行為へと移った。

命令も意見も忠告も注意も警報も訓告も非難も批判も裁判も要らなかった。


・・すると悪循環から抜け出せる。

そういう対応ばっかりになると良い循環になる。

この世に白昼性器出し男は存在しなくなる。


相手から謂われも無いのに攻撃を受けた時、

どんな場合でも、どんな行為もそうだけど、瞬時の対応というのは、

境地からの行為だ。

殴られて、瞬時に殴り返すのも考えてやってるわけじゃない。

謂わば衝動だ。抑制のきかない行為だ。

その時の心の在りよう・心の状態がそのまま出る。

悪いことしていないのに殴られるのは絶対おかしい、

相手が悪い、

悪いやつはぶん殴って当然・・そんなのがあるのかな。

なんで??と思って、

瞬時に(このひとに以前何か悪いことしたかな?)なんてのが浮かぶかも。

やられたらやりかえすのは当然・・それがある人もいるかも。

そんなのが無いと、ただ呆然とするかな・・

びっくり仰天という感じかな。


この井の頭公園での私の例では、

白昼に性器を出すのは良くないことだ という見方もないし、

そもそも白昼に大人が人前で性器を出す という事を、

見たことも聞いたこともなかったんだと思う。

若い私はその事がどういうことなのか、全く意味がわからなかった。

だから、そんなふうに対応するしか出来なかった。

けれど、今、その意味がわかる。

それをわかっている自分が瞬時に無抵抗という対応が出来るようになるのは、

どうしてなんだろう・・・

どういう心理のプロセスでなるんだろうか・・・

やはりそれは、人の行為はどんな行為でも愛を表わしているということを、

心底わかっているということなんじゃないかと思う。

非難などされるものは一つも無いということが心底わかっているという、

存在に“なる”ということなのかと思う。


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日野原重明さん

2012-03-13 14:03:24 | テレビを見て
今、徹子の部屋を見ている。今日は100歳の日野原重明さん。

前にも聞いたことがあったんだけれど、この言葉。

「10年後のスケジュールが決まっている」

前に聞いた時は(そんなぁ!生きているかどうかもわからないのに)と思った。

けど、今日の私はそんなふうに思わなかった。

それが面白い。

以前の私という状態と今の境地は違うとこなんだなと思った。

彼は10年後の自分を、立てた予定を予定通り行動する人として扱っている。

ピグマリオン効果の効果あり!と思った。

実際そうなるかは今の時点ではわからないことだけど、

そうなるに決まってるよ と淡々と思ってるみたいな感じ。

引き寄せの法則でそうなるかもしれない。

10年後の自分の意識という量子システムを

今の自分の意識という量子がそう観測してる。


こんなこと書いて明後日日野原さん死んじゃったりして。

アハハハハ!







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賭けボウリング大会

2012-03-13 13:59:05 | テレビを見て
何日か前のテレビニュースで、

どこそこの市の職員が職員の親睦ボウリング大会で、

どのチームが一番になるか、とかを賭けて楽しんだらしい。

そのお詫びの会見をしていた!?

えーっ!なんで??と驚いた。

いいじゃん、そういうことしたって。と思った。

仕事中に皆で抜け出してそうしたんだろうか。まさか。

公金で賭けたんだろうか。まさか。

その賭けるお金が税金から出てる給料を使うからなんだろうか。

そんなことを言ったら、役所勤めの人は宝くじも買えない。

競艇も競輪も競馬もスロットもパチンコも楽しめない。

仲間と賭けマージャンも出来ない。

この私の感覚は間違っているんだろうか?

私なんか夫と話して、

あの芸能人はもう死んだか、まだ生きてるか、とかの話で、

二人の記憶が違うと、すぐに、

「生きてるよ、賭ける?」とかすぐ言ってしまう。

お詫び会見をしないと、いけないんだろうか。

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愛という状態

2012-03-13 13:46:30 | ひとの幸福
人の行為はどんな行為でも愛を表わしている・・・!?

ひとを傷付けることが愛を現しているというのか!?

ひとを殺すことが愛を現しているというのか!!!???

そう思ってしまうよね~

けど、そういうことなのかと思う。


嫉妬で人を殺す・・・

人を好きで独り占めしたくて、そうさせない人を殺してしまう・・

その人の心には(愛されたい・愛したい)がある。

(愛されたい)となってしまう元がある。

それをストレートな表現で発揮できなくて、そのエネルギーが暴走する。


秋葉原無差別殺人を起こした人も、

その人の心には(愛したい・愛されたい)があった。今もある。

それがなかったら、あんな行為行動は出来ない。

幾ら無視されてもロボットは傷つかないし、無視した人間たちを攻撃しない。

その元に愛という心が無いから。

それ以前の状況の中で彼は愛されてないと思ってしまっていたんだろうし、

愛する対象を見つけられなかったんだろうし、

(異性に限らず、どんな物でも、事でも)

状況の捉え方の選択がいいこと行かなかったんだろう。

状況自体は彼一人で創れるものじゃない。

彼が間違ってなかったとは言ってないんだよ。

彼のした行為は多くの人を傷つけた。

自分や他者を観察できるようには成長してなかった。

愛というエネルギーが捩れて発揮されてしまった。

事件前の彼のいろんな行為の奥にあるものを

見つけてあげる人が彼の周りに一人でもいたら、

彼はあんなことはしなかったと思う。

彼の罪は私たちの罪だ。

罪だと知らない私たちの罪だ。


愛という状態 って意志でも行為でもなく、

心がそういうものだと云うことなんだと思う。

人間の心は愛で出来ている。

愛情とは違う。愛情はそれの表現。

殺人とか他者を傷つける行為はそれの捩れた表現。

・・そう思う。
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会話

2012-03-13 10:49:46 | ひとの幸福
知人の娘さんが離婚したらしい。

その話をしてくれた。

同居していた婿さんのいろいろなことに文句を言っていた。

彼女の思いを そうか、そうか、そうなんだ・・と聴いた。

その話の中で、婿さんが居て、楽しいこともあったのよ・・と彼女が話したときに

私は涙がこみ上げて来て、じわーっと泣けてしまった。

その私を見て、彼女も目を真っ赤にして涙ぐんでいた。


文句たらたらの言葉に共感は出来たけど、

共に文句は出なかった。

けど、婿さんと共に暮らして楽しいこともあった・・という言葉に

なんだか涙が出てしまった私だった。
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