ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

やってみる

2012-03-29 11:41:39 | ひとの幸福
反省し、意識して人に優しく接しようと思う・・という思考がある。

優しく接しよう・・というのは何かをする、という行動そのものじゃなくて、

その行為をする時に意識的になっている、ということだろう。

意識的にそうしようとすることが可能ということだ。当たり前か。

普段嫌いだと思っている人に意識的に優しく接しようと思えばそう出来る。

意識的に優しく接すると、その瞬間自分がなんだかいい気分になる。

そうしたら、相手は意に反して冷たい態度をとったとすると、

またいつも通り(こいつ嫌な奴)になって、

(売り言葉に買い言葉)思考になって、

優しく接しようと意識的になることをやめる。


そうせずに、相手の冷たい態度にもめげず、それには知らん振りで、

意識的に優しく接することを続けると・・どうなるか。

やってみるとどうなるか。

やってみないとわからない。
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寒暖計の変化 ②

2012-03-29 10:21:23 | 量子力学と心
「寒暖計の変化」で書いた湯川秀樹の文章が出ていた本ではなかったと思うんだけど、

似たような文章があった「存在の理法」という本からのもの・・・以下。

「・・このような『観測』の手続きを経ない限り、

対象の量子力学的な記述は単なる可能性の叙述にすぎないのであって、

観測によって古典的な装置に結び付けられて、

初めて現実性を持つことになる。

このように『可能』と『現実』とが結び付けられる所に『確率』の

概念が現われて来るのである。

この意味において、対象の状態を記述する波動関数自身は、

何か実在そのものを表わしているのではなく、

それは謂わば対象の持つ種々の可能性の表現と見るべきである。

吾々が観測を行なうということは、一方において、

多くの可能性の中から、一つの現実を選び出すことを意味すると同時に、

他方に於いて、将来に対する新しい可能性を創り出すことをも意味している。

即ち観測の結果に応じて、いいかえれば波動関数の非連続的変化によって、

新しい波動関数が構成されることになり、

それが対象のそれ以後の推移を規定することになるのである。」

・・抜粋以上。


人間の意識・見方が対象のそれ以後の推移を規定することになる。

そう解釈することに何の問題もみつからないよ。


「対象の状態を記述する波動関数自身は、

何か実在そのものを表わしているのではなく、

それは謂わば対象の持つ種々の可能性の表現と見るべきである」

これは、人間界の例をあげれば、

一つの現象をどう捉えているかで、一つの可能性としての姿が引き出される。

・・ということだろう。

対象である相手が獣性を引き出されるのか、

慈性・仏性が引き出されるのか、

観測次第ということ。

「自己に発し自己に還る」という言葉もそれを云っているんだろう。

物事をどう捉え、捉えの結果としての行為がどのようであれば、

この世界が幸福な方向に進むのか。

一人一人がやることだろうと思う。

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