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天地公道(人生の処方箋)

私達人も天地自然に生かされて、
人力を尽くし、自分の運命を切り開きましょう!

6/8 心

2019-07-13 12:11:06 | 信仰と生活


2019、元年、6・8、精神力と信仰
[人間心は強くして弱し、人間心は悪に強くして善に弱し]

人間ほど、さまざまな環境に応じて、千変万化する動物はありません。以来、宗教家はこのことを称して、人間ほどの化け物はいない。といったものです。
『万物の霊長人間』言葉ひとつ間違えば、上機嫌が不機嫌に。笑顔も、一瞬で顔は固まるのものです。

そして、『喜びに弱くて、悩みに強い』
嬉しく楽しいことも、ひとつの電話の内容で、奈落の底に簡単におちていきます。

人間は強弱両面を持っています。
そのつど、相手との人間関係しだい、梶のない船のような人がみられます。

『明るく、柔らかく、優しくに弱く』『憎み、とがめ、とらわれに、めっぽ強い』
これを『悪に強い、善に弱い。』と心配されるのです。
心身ともに、明朗快活をを日常生活に実践してこそ、幸せの道のりが見えてくるのです。
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6/7 偉大なる私 ④

2019-07-13 10:09:13 | 信仰と生活


2019・元年、6・7、心と運命
[汝の中の、汝の発見][偉大なる自分]その4


まとめてみます。『すべての人間に、平凡なる自分』がいるように、『人生の橋を踏み外さない』ため、外したとしても、『回復するだけの力』を持つ、『偉大なる自分』も心の中に、内在しているのです。それを実際の生活に使い、活かして、『生き甲斐ある人生を望まれているのが、御神尊様』です。

[偉大なる自分]とは、何を具体的に、生活に活かせばよいのでしょうか?
❶決めたことは、1日ずつかさねる自分。
❷油断は、邪気、邪念のもと。アッサリと対処する自分。
❸憎しみと、深い悩みに時間をかさず、喜びと笑顔には、こだわる自分。
❹囚われを捨て、手を差し伸べて、人間関係をまろやかにする自分。
❺何事もあきらめず為せば、かならずできるとの信念で努力を惜しまない自分。
❻不幸に泣かず病気に悲しまず、そのつど我が心のうちを振り返り整理して、常に心明るく幸せのところにいる自分。
❼切り替えを早くし、常に新陳代謝の日暮しえお忠実にする自分。
❽理解と愛はうらおもて、人生最高の生きる自分。
❾住みよき家住みよき社会造りに、生涯を捧げる自分。
➓世のため人のために、お役に立つことに人生を生き抜こうとする自分。

とにかく、自分を卑下せず、神から与えられた偉大なる自分の存在を忘れずに、その自分の発揮によって、幸せをつくりだすことです。
10項目の中から、これはと思うことにこだわってみてください。
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6/6 偉大なる私③

2019-07-13 10:00:42 | 信仰
2019、元年、6・6、神と私
[偉大なる自分]その3

『偉大なる自分』とは、御神尊様が20年の意志と信念で、つかまれた力です。われわれの次元でいえば、(邪気、邪念)に囚われたときに、少しでも早く人間らしくなれる力です。その『偉大な力』は、苦難に逢うたびに、自制、抑制も自由自在になり、パワーも成長していきます。

『御神尊様は、人間力』と言われました。100日間の三社参りの行中は、くじけそうになるたびに、『こんなことでどうするか?』『一人前の宗教家にならんぞ!』と、亡き父の声が耳たぶを打ちました。『どんなことでも、為せば、必ずなるんだ。』『なにも動かずして、何ができる』『神からいえば、お前たちの心中に神ごごろあり。必ず成る。』御神尊様は、100日間千里の道のりを踏破。(とうは)

御生家の玄関で、仁王立ちになり、叫びました。『為せば成るー〜必ず成る!』『やればできるー〜』『平戸の御行での、あなたのたましいは、神の社(やしろ)であり、神がおわします。』だから、神を遠くにもとめずとも
『あなた自身の心中に、偉大な力』として、いかなる苦難に出会うとも、実践の誓いで、お救いいただくのです。
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6/5 偉大なら私② 日常

2019-07-13 09:41:06 | 人生
2019・元年、6・5、神と私
[平凡なる自分]その2


昨日に続きます。
日常的な生活ではごく普通の事

❶朝、父親は仕事に、子供は学校に、母親も仕事かも、そんな1日です。その中に、病気や、単身赴任。一年中海の上という仕事もあります。

❷ひとり一人のその心中には、時により感情の上下で(人間らしさ)が、定まらない自分があります。

❸その時しだいの、感情のほんろうですね。喜んだり、笑ったり、泣いたり、怒ったり、その時により感情が左右されます。

❹幸福 健康のときには喜び、不幸 病気に悲しみ、その時どきの感情に左右される不安定な自分です。

❺毎日を喜怒哀楽の感情のままで過ごすため、常に心が落ち着かない自分がいます。

私もたびたび、『平凡な自分』がいて、人生の橋を踏み外しそうで驚きます。
自己の再発見です。
ここでいう、『偉大なる自分』を自覚の上、自在に発揮できれば、人生の車も安全運転ですね。明日は本題に迫ります。
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6/4 偉大なる私 ①

2019-07-13 09:26:47 | 信仰


2019、元年、6・4、偉大なる私
[汝の中の、汝の発見](その1)

あなたの中に《もう一人のあなたがいる》といわれています。
御神尊様の20年の修行は[まさにもう一人のあなたの発見と、臨床実験の旅路]でした。

その目の付けどころは、人里離れた山間部や人間関係の複雑なところを選んで、そこに独特の病気や事情の発生することに着目し、研究の確信が持てるだけの成果を確認しては、移られるました。

そして、昭和15年の平戸の御行では、ついにすべての人間の中に[偉大なるもう一人の人間]が宿っていることを、発見!
それを2人の汝といわれ、[平凡なる汝][偉大なる汝]と表現されました。

一見平凡な私。
その奥に偉大な力のある私が、隠れひそんでいるのです。
しかも、平等に差別なく、存在しているのです。
『愛ある生活』『調和のある生活』『偕に手を携えて生きる生活』これこそ、人間の霊(たましい)の奥底に眠る生命力です。

御神尊様は平戸35才の行を満願して、皆に言いました。
『神さんは、おらんとばい』と方言で、仰天のお言葉が口をつい出てきました。その場にいた信徒はのけぞりました。
そして、『神さんは、あなたの心の中に、おらすとばい』
おそらく、これほど、的確に、あなたのなかに、神の存在を明らかにした宗教家はいないでしょう。
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6/3 神からの贈り物

2019-07-13 09:20:17 | 運命と生活


2019、6・3、神からの贈り物
[あなたは、神から与えられたものを、どのように使いますか]

まずはこの『いのち』これは、あらゆる生物の中で、あらゆる、能力を保持しています。そして、『万物の霊長』ともいわれています。私は十分に発揮しているのでしょうか?

私は、21年前、55歳のとき、脳内出血で死線をさまよいました。その時に、病院のベットで、自身の心のうちを総点検したものです。神から与えられた、この貴重な『いのち』は、自分自身と、人間関係の中に活かすためのものでした。

その、『いのちの時間』こそ、『神から与えられたもの』それを、忙しさにこと寄せて、❶人を完全主義で責め、❷短気で仕事を急がせ、❸柔らかく見せかけた頑固、❹人の好き嫌い、❺おん着せ名人、に消費してきました。本当に、懺悔の日々でした。
しかし、『不思議ですね。』
『本当に、人生は辛苦の旅です』ー自分に呆れました。
『ようし、神さま』『今与えられたものに、気ずきました』
❶ぐちはすてます。きりかえます。❷懊悩をさけます。❸チリ箱に徹します。❹為に生きます。❺柔らかさ、笑顔に徹します。❻情に生きます、

『神から、与えられたもの、』いらい、これに徹してきました。だから、『悩み、憎み、囚われ』『相手を変えようなんて、偉そうな、私にたどり着いたのです。』
でも、神の慈悲は凄い、左半身マヒからの完全復活をプレゼントされました。そして今日があります。

『自分は弱い、信念がない』といって、心の時間を消費しないように。後悔しても、過去に戻れない。そして未来に期待しても先のこと。では、今はどうなっているんでしょうか。?今こそ、神からの下されもの。生かしてください。
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6/2 行けば着く

2019-07-13 09:16:30 | 信仰と生活


2019、元年、6・2、運命開拓の道
[行けば必ず着く、故に、着くことのみに魂を奪われず]


御神尊様が、[昭和28年1月4日、に重大発表]があり、[祈りの1年と定め][2日、12日、22日。三社まいり、徒歩の行]が行われました。寒い木枯らし、雪混じりの日、あるいは、大型台風に見舞われたこともありました。もちろん、真夏の油照りの、焦熱地獄をものともせず、『御神尊様は、為せば必ず成る』の精神を随行教師、幹部信徒に、自らの背中で教え諭されました。

その中で、肺結核の病み上がりでありなら、『随行教師に、若き日の佐藤瑞教師』がいました。42キロの道のりは、地獄の苦しみでした。小城街道佐賀鍋島本部から、天山に向かう県道の途中、小休止していると、先導の御神尊様が、つかつかと佐藤教師のそばに来て、小声で、『先を見るな、先を考えるな、足元をしっかり見て歩くのだ、』『でなければ、持たないぞ。』と慈悲の声をかけられました。

大勢の随行者を、引き連れながら、ひとり一人に目をかけておられたのです。自らの苦しみをものともせず、そして、
『行けば必ず着く』『行きもしないうちから、着くことばかりに気持ちをうばわれて』どうする、と。

『この世は、一瞬も時をとめる』ことはありません。『常に、自分のやり方、生き方を振り返りつつ、改善しながらすすむ』のが『行く』ことです。天地は前にしか、進んでいないのです。

『行きもせず、着くことのみ』を心配して、右往左往するなど、とんでもないことです。『行くことが先か、着くことが先か。』もうわかるでしょう。『行くという行動を忘れて、目的達成に魂を奪われる』のでは、目的を実現することはできません。佐藤瑞教師は、その慈悲の言葉で、我を取り戻し、元気にやりますの叫びと偕に、満願しました。
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