天地公道(人生の処方箋)

私達人も天地自然に生かされて、
人力を尽くし、自分の運命を切り開きましょう!

心の引き算

2020-09-14 08:44:00 | 信仰と生活
令和2・7・21、性格と運命
[ゴムになれ ゴムにならなきゃ助からず]

けさもゴムですね。ちょっとしつこいですが、時々離れがたいテーマになるときがあります。

言いかえれば、『合わせ方の上手な人間になること』自分の物差しで人を計る間は、いつまで待っても合うときはこないでしょう。

親は仮に50才、子供は20才の親子の間柄には、50年の経験の物差しで、『子供に親に合わせなさい』といっても無理があるのは、百も承知のはず。

50センチの物差しと20センチの物差しだから、合わないのは当たり前です。『御神尊様は合わせるのは簡単だよ』『それは子供に求めるよりも、親が30才引けば親も子も同じになる』そして『そのときはどうだったかな、と反省することが大事なんだよ』といわれます。

『自分の考えを一歩も動かさない、頑なな性格』が思わぬ運命に苦しむ原因となります。やります!






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ゴム心の威力

2020-09-14 08:42:00 | 信仰と生活
令和2・7・20、性格と運命
[頑固には ゴムを]

昭和24年ごろ、『佐賀城の鍋島別邸』が本部の時代、ある座談会で質問がでました。その内容は『私の父はとても頑固で困ります。どうしたら父の頑固がなおりましょうか?』と御神尊様に指導をおねがいしたのです。

『誰もがどんな方法があるのだろうか』固唾(かたず)をのんで聞き耳をそば立てていると、何とこの問題に『何?親が頑固?それはちがうだろう。あなたが頑固だ、あなたの頑固を治すことが解決の道』とアッサリいわれました。これを聞いた一同は唖然、呆然の有り様。

それから『親が頑固ではない、あなたの心の中に親を頑固とみる物差しが、あなたの固定観念のなかにはびこっている間は、親の頑固はなおらん』

『親はゴムのように柔らかく優しい、思いやりのある親である』と、『あなたが見方考え方を変えることが大切だよ』

『親の物差しではない、あなたのもっている物差しに問題がある、不幸せをつくることになるのだよ』『この物差しは家のためにもあなたのためにもならない』

『早くこの物差しを捨てて、今からゴムと取り替えて生活に励めば、必ず道はひらけることになっているからね』ここにも[変える力と変わる力のはたらき]がありました。やります!

この方はその後、ゴムのように柔らかい見方を身につける努力の中、父親はニコニコの笑顔の持ち主となり、息子さんに一切をまかせ切る親に変身していました。やります!


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伸縮自在心

2020-09-14 08:39:00 | 信仰と生活
令和2・7・19、人生観と運命
[汝 今よりゴムになれ]


けさもゴムの表現を取り上げてみました。
御神尊様は、こんな風にいわれています。物差しには伸縮性がない、今でいえばスケールのことです。また伸縮性があれば、物差しの役目を果たすことはできません。

ゴムは伸縮自在です。そこで運命上でいえば幸福、健康を求めることより、むしろゴムのような人間になるために、合掌の生活が必要といわれています。

また、一方で他人にはゴムのような伸縮自在の心をつかっている人に限って、家庭では物差しのような頑なな心を使うから、当然結果は明らかです。

幸福も健康も簡単だよ。今、家族は何を求めているのか。また、人は何を求めているのか。社会は何を求めているのか。周囲の人の心の求めが少しでも読み取れる努力が期待されます。そしてゴムのような柔らかい人がらを目指すことです。やります!

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ゴムのような我

2020-09-13 17:39:00 | 信仰と生活
令和2・7・18、性格と運命
[我(わ)ゴムになり切る人は幸いあり]

御神尊様の信念は、私たちが世間で耳にする信念とは、いささか異なるところがあります。

一般に言われる信念のある人とは、『他人のことは思わずに、我意を意地で、あるいは理屈をつけて通す人で、実は意志も弱く信念も弱い人である』といわれています。

ひらたくいえば『自分の物差し』つまり他人の気持ちを理解せず、自分の感情のおもむくままに、自分の主張にこだわり固定観念で人を判断、自分の考えに合わせようとすることです。

『本当に信念のある人は、よく人のことを思い、合わせて善意に導く人を本当に信念の強い人』といわれています。

[己が物差しで人を計るものは不幸なり]といい、[我ゴムになり切る人こそ信念の人]といわれます。人にはその人なりの物差し考え方があります。尺度があるのです。

そこにあなたの『合掌の心で、我ゴム(輪ゴム)といわれるように、自らが柔らかく対応し、相手にも合わせつつ結論をいそがないことです。

そこに日頃のあなたの性格という物差しが出てしまい、運命との関係があきらかになります。共に修行しましょう。やります!
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生き方

2020-09-13 09:53:00 | 運命の認識
令和2・7・17、人生と運命
[人凡て運命に喜び 運命に泣く]


人生において、影の形のようにつきまとう運命の問題が不安要因のおおきなものです。

人間の心の奥底を見つめてみると『幸せな運命には喜び、不幸に巡り合う自分の悲運』に泣かされているのです。つまり『人間は幸福と不幸の現象に一喜一憂する』だけでなく、自分の身の上と他人の身の上を比べ『なぜ自分だけがこんな目にあうのか』と。

実は『運命の不可解』に目が向いています。つまり『運命の実態を知る』ことこそ、人生の生き方を決めることになります。生涯を幸せに送る上で最も大切といわれています。

人間の求めてやまない幸せ、その『運命の鍵は実態を知る』ことにあります。御神尊様は、『合掌をもって天地自然の道を学び、新陳代謝の結論』に到達しました。

[心は運命の製造者にして生活は運命の製造所なり]を柱にして、心の持ち方使い方は、生活に必ず現れて苦楽をうみだします。その苦から楽への妙薬が、『気の切り替え』であり、その結果として『切れて離れた人間関係の結ぶ』という『愛の生活』になります。

そこの『生き方の道を学び、信念ある人生』にしましょう。やります!


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人生とは

2020-09-13 09:48:00 | 人生
令和2年・7・16、天地の公道
[人間は幸福を求める存在である]

私たちは、生きることに日々努力しています。学者はそのことを『人間とはなんぞや』『人生とは何のためにあるのか?』など、哲学的疑問として研究されています。

人間が宗教を必要とする理由もここにあります。人間が他の動物と違うのは『人間は信仰する存在』だからです。宗教を存在させ信仰に生きる人間の世界には、常にこの『哲学的疑問』があるようです。だかといって、こんな難しいことを学者でもないのに、考えているわけではありません。

ひとことでいえば『幸せでありたい、健康でありたい』がどこかで、ひょっこり顔をだします。『幸福』たったこの2文字のためにすべての人間の人生があり、人間の歴史は積み重ねられているといえるでしょう。

御神尊様は20年の長きにわたる研究の結果『人間は幸福を求める存在』である『人生の目的は幸福追求にある』と道をひらいたのです。

とにかく『不安定な人生の幸福』『うたかたのように現れては長続きしない幸せ』これに泣かされてきました。

安定した幸せは、どんなに世の中に学ぶべき情報があろうとも『運命のいかなるかを知る』ことがまず大切中の大切はないでしょうか。そのための、あさのことばです。やります!

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