オホーツク海慰霊の水を沖縄忌
(一滴の水でも沖縄へ・・・)
1945年6月23日、牛島満大将らが自決し、第二次大戦の沖縄における組織的戦闘が終結した。
80日にもおよぶ地上戦で、住民を中心におよそ20万人もの犠牲者を出した。
1961年、アメリカ施政下の沖縄で、日本の国民の祝日に相当する「住民の祝祭日」の一つとして定められた。
1972年の沖縄復帰後は休日としての法的根拠がなくなったが、1991年に沖縄県の条例で休日と定められた。
なお、沖縄戦終結の日は6月22日とする説もあり、制定当初から1965年までは6月22日が「慰霊の日」とされていた。
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日本軍は沖縄を本土防衛の最後の拠点とし、連合国軍は日本本土に攻め入るための基地として、沖縄諸島を攻略しようと試みました。
沖縄戦では、連合国軍と日本軍を合わせて20万人以上の犠牲者が出ています。
そのうち、一般の犠牲者は推計で約10万人です。
沖縄県民の4人に1人が命を落とした壮絶な戦いで、甚大な被害がありました。
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北海道から出兵したたくさんの兵隊さんも、沖縄戦で犠牲になられたと聞いております。
今年の慰霊の日は緊急事態宣言下で規模を縮小して執り行われるようです。
戦争は命の取り合いです。
命はその当事者が全うしなければなりません。