樺太のトンネル潜む敗戦日
からふとのとんねるひそむはいせんび
終戦忌父生きて我生まれたる
しゅうせんきちちいきてわれうまれたる
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養老孟司 「ヒトの壁」戦後を拒否して生きてきた
人生を回顧した章で、「戦後を拒否してきた」と書いているのに驚いた。子ども時代に限らず8月がイヤな月だったとも。
敗戦から思い出されることを心理的に抑圧してきたことに、80歳を超えて気がついたという。
戦前がウソなら戦後日本もウソの塊で、「一億玉砕」「本土決戦」と、「平和」「民主主義」も同じようなものだと見れば済んだという。
生きにくいと思ったのは、養老さんが社会を拒否してきたからで、母親の影響を挙げている。
養老さんの母は開業医で、生涯それだけを続けた。
一切の公職につこうとせず、医師会の役員ですら拒み続けた。
戦中に朝鮮人を差別なく親切に治療したことを後で知ったという。
心理的な抑圧が解除されたのは『敗戦後論』(ちくま学芸文庫)を書いた評論家・加藤典洋さんの死(2019年)が原因だった。
加藤さんとは古い付き合いだったが、『敗戦後論』は読みかけては中断を繰り返していた。
加藤さんが亡くなり、読み返してみると、素直に読むことができた。
「人生は不要不急か」「新しい宗教が生まれる」「ヒトはAIに似てきている」「人生とはそんなもの」「自殺する人とどう接するか」「なせばなる日本」などの章からなる。
敗戦についての記述は、「なせばなる日本」にも出てくる。
ある文学賞の会議で、米国(または中国)の対日政策に関して、「変だ、不条理だ」という意見を述べた人がいた。
そこで議長役の山崎正和氏が「戦争に負けたということはそういうことだよ」と一言延べ、議論は終わった。
「殺し文句」とはこういうことか、と思ったそうだ。
そして、自分自身が「敗戦」という「事実」を甘く考えていたことに気がついた。
そして、こう書いている。
「『仕方がない』はきわめて無力に思われるかもしれないが、事実認識としては十分強力になりうる」
こうしたあきらめにも似た諦観が、底に流れているような気がする。
戦後社会を拒否して生きてきたのだから当然かもしれ--------BOOKウォッチ編集部より抜粋
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昨日は各テレビ局で終戦・敗戦等の特番が組まれていました。
「国民はみな騙されていた」というより騙し・騙されてと言った方が正しいのかも。
「戦前がウソなら戦後日本もウソの塊で、「一億玉砕」「本土決戦」と、「平和」「民主主義」も同じようなものだと見れば済んだという。」
ウクライナ戦争も嘘が蔓延っているようですね。
自民極右の人たちの論法では戦争を仕掛けられたらやり返すしか無い、そうしなければ国が盗られる。
こういう状況で戦争は始まるのでしょう。
戦争が起こると当事国の国民は犠牲になる人が増えます。
死んだらA国もB国もないのにね。
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今日はママの実家に行っていた息子家族が帰ってきます。
夕食何作ろうかな~?
昨日から考えているのにまだ決まらない!