鳥海山近郷夜話

最近、ちっとも登らなくなった鳥海山。そこでの出来事、出会った人々について書き残しておこうと思います。

鳥海山御倉座大國主大神

2019年12月06日 | 鳥海山
いつ頃の写真でしょうか。
かつては鳥海山荒神岳の大黒さんも絵葉書になるくらい知られていたのでしょうか。
発行は白善書房と書いてあります。昔、酒田の筑後町(現在の相生町)にあった書店ですね。この白善書房では酒田の地図など各種出版していたようです。ADEAC デジタルアーカイブでこういった資料は閲覧できます。

それにしても今の町名のなんと味気ないこと。酒田の町名でも、昔は鍛治町、桶屋町、大工町等いわれのある町名がありました。小路にしても、山椒小路、實小路、利右衛門小路といった名称がありました。基本、町と町の通りに直交するのが小路のようです。
我々の二世代ほど上の方々は町名、小路名はそういった名称で呼んでいました。
もっとも、利右衛門小路なんかは「レモン小路」と発音するので最初は「檸檬小路」かと思いました。それとガッチョ小路ですね、これは文字にすれば合掌小路、弔いの列を送る道だったようです。この辺の人は大きく口を開いてしゃべるのは苦手ですから。中身は嘘つきでも大きな声でしゃべる人がいつも勝ちます。

鳥海山が見えるから富士見、だとか、所によっては夕日が見えるから夕日ヶ丘だとか、また近年の合併では適当に旧市町村名の文字をひとつづつ合併させた奇態な町名、あるいはカタカナ町名だとか自分たちの住むところところになんの愛着も持たない人々が改変してしまったようです。志ある人々のいるところでは町名を旧名に復したという事も聞きます。

ふれあい=相手をわかったつもりになること。
環境にやさしい=実際は害があるけれどそれを隠す言葉
と解説してある本がありましたけれど、現代はまさにそんな、みたいな、感じの、ていうか、という状態がますます進展しているようです。

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