脳梗塞 その1

2024年08月25日 15時24分55秒 | 少年野球

2024年7月27日(土) いたって普通の練習。

指導者不足のなか(私含めて2名)、13時から練習。確かに暑かった。

しかし、どこも不自由なく過ごす。終わってから普通に晩酌もした。(普通の量)

翌28日(日)あじさいリーグ試合の為 車(運転はお任せ)で移動して対戦する。しかしながら負ける。

帰って、また晩酌をし就寝。翌日(29日)普通に出勤し業務をこなす。そして普通に就寝する。

翌日(30日)は在宅勤務だったので起床し、パソコンを立ち上げる…が、何かがおかしい。

(なんか二日酔いのような感じ前日そんな飲んでないのに)

まあ、少し寝たら治るだろう と横になる。9時になり立ち上がっても変わらず。まあ治るだろうと、さほど意識しない。

しかし治らない。若干不安になる。翌 31日(水)変わらず有給休暇をとるが、変化なし。

ここで病院に行けばよかったが、8月1日(木)も在宅で業務をするも、キーボード操作が上手くいかない。

(今思えば完全な体調不良だが本人はまだ認識してない)

寝てれば治ると思い込み、8月2日(金)有給休暇を取る。夜も変わらず。

8月3日(土)いつものリハビリに行く準備をする。その日はあじさいリーグの球審を頼まれていたので審判服に着替えるため、

ボタンを付けたり、ズボンを履くのに約5分くらいかかった。(何かがおかしいし、バランス感覚がからり悪いな)

何とか審判服に着替えて、バイクで病院に行く。(←今覚えば事故しなくて助かった)

受付を済ませ、3階のリハビリ室で理学療法士の方話す。あれっなんか言葉が出しずらい?

理学療法士さん「○○さん、今日おかしいですよ?」「名前 書けますか」

私「あれっ?書けない! 自分では書こうとしてるんですが!」

理学療法士さん「○○さん!非常に危険です!すぐに大きな病院行きましょう!」

整形外科の先生の手配で、東部済生会病院に救急で行くこととなりました。

診察の結果、「脳梗塞」との事でした。病院には妻、次男にも同行して頂き、すぐに治療をして頂きました。

幸いなことは、書く事と言葉に後遺症が残った程度で、体的には残らなかったことです。(手足は動きます)

2024年8月16日まで入院(3日目から言葉、運動のリハビリを開始)しました。

周りの方は高齢者などから、障害が残ったり等大変な方ばかりでした。

その方達と比較する訳ではありませんが、自分自身の健康を今一度認識する機会となりました。

そして色々な所にご迷惑おかけし、生かされている実感を改めて痛感しています。

これからは今以上に健康に留意させていきたいと思っております。

※このブログも3倍の時間をかけて作成しています。また詳細は追って報告いたします。



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