なんくるないさぁ~だんな と わたし と SLE と

  12歳SLE発症。ループス腎炎Ⅳ型。
早発閉経で妊活強制終了。子なし人生の幸せ模索中。

浮ゥった・・・(^^;)

2011年11月08日 | 志織のあしあと
あれで震度4ですか。。。。

職場が5階ということもあるだろうけど
グワングワンと揺れてました・・・・

一時期、院内も騒然としていました。
ちょうど昼食時だったから
患者は食堂に集まってたのは良かったかも。

揺れが静まったあと、すぐに誰もが
「津波情報は???」と。。。。

Job病院は海の近くで標高も0~10m前後。
病院が立っている場所は埋め立て地では無いけど
目前に広がる景色の大部分が埋め立て地。

琉球大准教授・地震学の中村准教授によると、
沖縄本島沖の琉球海溝を震源とする
マグニチュード(M)8・5の地震が発生した場合、
東海岸の広い範囲で20メートルを超える津波が発生し、
5階建ての建物に相当する標高15メートルの地域まで、
浸水する危険があるという。


昨年の震度5の地震の時や東北地震が起きた時の
津波警報・注意報が発令されて、
まさに避難勧告が出た地域にあるJob病院。

地震が起きたときに職場で連携室にいたのは
私(♀)とマネージャー(看護師:♀)とPCマニア(大学の後輩:♂)の3人。

揺れている間、浮ュて何もできなかった私とマネージャーと違って
すぐにPC液晶モニターが転落しないように横にして
避難しても連絡は取れるようにと
携帯をすかさず手に持つPCマニア(♂)に
「おぉ。なんて頼もしいヤツだgoodと思いつつ
「患者や私らよりもPCかいっyellow25って
ツッコミも入れたくなったが(笑)

自分の身は自分で守らなきゃダメよねw



iphone4s

2011年11月05日 | 志織のあしあと
携帯がメール1通も送れないほど
充電がバカになってしまっていてyellow6

もちろん通話もできないという
本来の電話のみの機能すら
起動しなくなってしまったので、
修理に出そうかと思っていたけど。

iphone5が出るのを待とうかとも思ったけど
ちょうど2年も過ぎたし、そろそろスマホとやらの
流行の波に乗ってみたいと思っていたので
せっかくだから機種変更することに。

ちょうど2年で壊れるなんてね。。。
やっぱりソフトバンクの陰謀か?(笑)

イロイロ迷いに迷って、
職場のPCマニアの助言も聞いた結果。
iphone4sにしてみたmobile

なんてまぁ~使いづらいことyellow12
そもそもタッチパネルが嫌いな私。
以前の携帯もタッチパネル機能は付いていたのに
全く使わずにボタン操作のみで利用していた私。

無謀な機種変更か???w

でも将来的にはタッチパネルが主流になるんだろうね。
「すぐ慣れますよ(^^)」というPCマニアの助言を信じて。

どんなものでも機種変したら
最初は慣れるまでが大変だしね。

とりあえずメールと電話は使えるように。
他の機能はゆっくり慣れていくかな。
使いこなせたら仕事でもかなり便利そうだし。
ますますネットから離れられなくなってくなw





流れゆく日々

2011年11月02日 | 志織のあしあと
市役所からの意識調査のアンケート。
「障がい者福祉計画策定のための基礎調査」

市民から無作為に2000人が選ばれて
アンケート協力を依頼しているだとか。

開封して見るまでは、
なんで家族でも私だけなの??yellow6
なんか個人情報を利用されてない??
・・・な~んて思ってしまったりyellow25

だって保健所からの郵送物ならまだしも、
福祉関係で市役所とは関わったこと無いし。
関わったといえばハロワの求職申込書に資格書いたことや
あとは公務員試験で福祉を受けたことくらいで。。。

単なる自己チューなσ(・ω・)(笑)

行きかう人は~みな何かを背負って~symbol7
楽しく~哀しく~明日に向かって生きる~symbol7


せわしなく1日1日がすぎていく中で、
あっという間に今年も残り2ヶ月弱になり。。。
ふと思い返せば色んなことが起こっていたわけで。

先日・・・というか約1ヶ月近くも前なんだけど。
My病院のDrが病気で亡くなった。

そのDrは休職中にもかかわらず、
自らが患者になったことで分かったことを、
病院の各部署を周ってレクチャーしていた。
σ(・ω・)退職する数日前に相談室にも来ていて。

患者の立場になってわかること。
それはホントに共感することばかりだった。

Job病院でMSWとして働いていると
ホントに色んな「人生」に遭遇する。
患者本人だけじゃなくて色んな家族のカタチがあって。

病気や事故で「患者」となった本人だけじゃなくて
家族の生活も変わる過程を見守っていく中で
運命というのは、なんて「残酷」で
人生というのは、なんて「儚い」ものかと。

あの時の先生のレクチャーで私は何を学んだのかなぁyellow3
今の今まで忘れてたくせにねぇ。。。。




まだまだ未熟な旅はとまりません

2011年11月01日 | 志織のあしあと
11月です。

今月から私も業務を独り立ちするという計画らしく(--)
「どうですかね?」と聞かれても
「やってみなければわからない」ってうのが本音で。

だって全く未経験の業務でも希望して就職したからには
「できますか?」と聞かれたら
「できません」と言える空気じゃないでしょase

でも連携室所属というのは変わりないから
連携室業務と病棟業務を兼務するのは
無理があると思うんだけどなyellow6
病棟担当ワーカーも援助に入ると言ってるけど
連携室の業務はσ(・ω・)ら連携室所属ワーカーが
ほとんど動くことになると思うし。。。

病棟業務は電話も発信業務が主なので
自分のペースでできるんだけど。
だからと言ってノンビリできるモノでもなく。
一方で連携室業務は受信業務が主なので
自分のペースで仕事ができないんだよね。

σ(・ω・)忙しいのは性に合っているけど。
なんだか医療人としての遣り甲斐を感じないyellow14

なんかホントに「患者=カネ」って感じ。
My病院のような「命を救う」という
あの緊迫感というか使命感というか。

「患者のために働いている」なんて言ったら
単なる驕りでしかないかもしれないけど。
でもそのプライドがあったから
あの恐ろしいまでの忙しさも耐えられた。
それが医療人としての遣り甲斐だったな。

外に出てみてわかったコトのひとつ。
私の理想の医療の姿はココじゃなくて
My病院だということ。

まだまだある~学ぶこと~~symbol7って感じだぁね。