Breathe & Stretch 〜マインドフルネストレーナーのメモ帳〜

縁あって辿りついたマインドフルネストレーナーの仕事。悩みは色々あれど、喜びや楽しみが増えていきますように。

マインドフルネス心理療法での拠点「北陸マインドフルネスセンター」開設。

マインドフルネス心理療法は、第3世代の認知行動療法で、日本ではまだ新しいものです。

北陸マインドフルネスセンター」ではマインドフルネス心理療法のうちの「自己洞察瞑想療法(SIMT)」で
うつ・不安障害の方を中心としたサポートを行っていきます(福井・石川・富山)。

このまま何もしないでいるとメンタルヘルスが悪化し、仕事や家事に支障を来しそうな予感のある方や、
通院しながら急性期は乗り越えたかなと思われている方、お薬を減らして行く過程にある方で、
なるべく自分の力で乗り越えて行きたいとお考えの方は、お気軽にご相談ください。⇒こちら
(病状によっては効果が確認されていないケースがございます。診断を受けていらっしゃる方は必ず事前に
お知らせください)

マインドフルネスについて記事更新中。 こちらのブログもぜひお立ち寄りください!
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お気に入りの不快な感情

2005-09-10 00:41:11 | TA(交流分析)
そんな感情があったなんて・・・。ここ最近のかなり衝撃的な発見だったかも。

感情を「本物の感情」と「にせものの感情」に分けるなら、ラケット感情は「ニセモノの感情」だ。

ラケット感情とは「様々なストレスの下で経験する自分に馴染み不快感情で、子ども時代に学習し、周囲の大人たちから奨励された不快な感情」と交流分析の中で定義されている。

具体的には
怒り・恐怖・劣等感・罪悪感・優越感・憂鬱・イライラ・絶望感・虚無感・混乱・傷心・落胆・悲哀感・孤独感・焦燥感・同情心・義務感・使命感・敗北感・後悔・恥辱・羨望・不安・心配・嫌悪感・当惑・攻撃性・潔白感・陶酔感・拒絶感・恨み・緊張感・猜疑心・自己卑下・不全感  などがあるらしい。

これらの感情をこれだけ挙げ連ねてタイピングしただけでも、正直、凹んでしまう(笑)。

ラケット感情はラケット行動の感情面を言うのだが、なかなかこれがピンとこなかった。
ラケット行動とは、子供の頃にストレス状態でその環境を変えようと周囲を操作して無意識に取ってしまう行動とのことだが、大人となった今では、そんな行動で周囲を変えられるかと思ったら、それは「No!」だ。

にもかかわらず私たちはこの幼い頃に親から繰り返し求められたメッセージ「~するな」「~であれ」などから、人生の重要な場面でどのように行動するか決め、それを受け入れ、今もなお進行させている。

親からのメッセージの中には、不得意なことを注意したり、励ますものであったり、親が苦痛や恐怖から逃れるために禁止したりする内容も多い。

それによって子どもは自我を抑制する訳だから思ったように感情を出すことや思うような行動ができにくくなってしまう。

しかし、皮肉なことにそのことで反って親からの愛情を手繰り寄せることになる。そして、本物の感情(悲しみ・怒り・恐れ・喜び)を遠ざけてしまう。

ちなみに私の「お気に入りの不快な感情」はこれもテストで出た結果、「疲労感」「羨望」「不全感」だった。

これには相当驚いたし、もっと早く知りたかったと後悔もした。

このお気に入りの感情に長く浸りすぎると、本来解決できるものも解決できないことをリアルタイムで感じている。

身に染みて。自分の感情に目を向けるという当面の課題が明確になった。

そして、自分しか知らない、目の前の問題をもっと、自分の力で手際よく解決しなくてはならない。

ラケット感情に気づいてから、体の中でいろんなことが動き出したが、正直、眉間にしわが寄っていないかとても心配です(泣)。
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共通点と相違点

2005-09-08 22:49:04 | エニアグラム
タイプチェックをやってみると「タイプ1とタイプ6」が同じぐらいのスコアだったという友人が多い。

うーん、確かに私から見るとどちらも『誠実&勤勉キャラ』だ。

そういう自分が誠実でないかというとこの2つのタイプに比べればかなり見劣りするというか、どうしても別のキャラが立ってしまう。

勤勉という点では、多少互角に戦えるかと思うこともあるが、動機が少々違うかと・・・。

自称「タイプ6」の知人は本当に組織に忠実で貢献意欲も高く、けなげでひたむきだ。また、私が疲労感に浸っていると、気を遣って心がホッとするような話をしてくれたり、なにげに手助けをしてくれる。

一方で、「タイプ1」の友人からは、あんまり優しい言葉掛けてもらったことないな・・・(笑)。

だって、彼女たちはいつも一生懸命だしさ、何だか彼女たちにあわせないとサボってるような気がして落ち着かないので、ついつい巻き込まれたりなんかして。

私も彼女たちもエネルギーは相当量を放出しがちなんだけど、私にはあの持続力がない。そこはRespectです。向かう先が「完璧」という彼女たちと私のゴールはやっぱり違うのだ。

私が目指すのは「完璧」ではない「最善」である。部分的な最適ではなく全体が最適かどうかだ。

しかし、そんな時、自分のありたい姿が組織として適さないのではないかと察知した場合、私は良くも悪くも自分を封印してしまう。

コンディションの良い時は、サポートに回る。

コンディションの悪い時は卑屈になり、すねる。

そんな矢先に、タイプ1の彼女たちが完璧目指してまっしぐらになっている時は「羨ましさ」と若干の「呆れ」を感じてしまう。

そして、どう声をかけても届きそうにないエネルギーに押し返される。

まだ、「完璧」なのか「最善」なのかで派手な衝突をしないための成功体験のストックがない。概ね、道を譲ってきたのは私だったかもしれない。

その時は、無言だったかも・・・やらないことでの抵抗かっ。

いかん、いかん、「ノーストローク」なコミュニケーションはダメ・ダメ!。

いい方法みつけなくちゃなぁ~
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怒りの荷車

2005-09-07 00:03:38 | エニアグラム
私は、「怒り」をあらわにできる人を羨ましいと思っている。

今のチームに異動してくる前の仲間の中に、「タイプ1」の同僚がいた。

本人も自分のタイプを疑うこともなかったし、私もそうだろうと納得していた。彼女は活動的でにこやかで、仕事も手際が良かった。

仕事については一切の妥協がなく完璧主義を貫くところは、仕事上、頼もしかった。時には私が手抜きしても彼女が何とかしてくれると甘えたりして・・・(笑)

そんな頼りがいのある彼女だったが、ひとつ私を悩ませることがあった。仕事中にたまりにたまった挙句に爆発する彼女の「怒り」だ。

クライアント企業の担当者への不満や不寛容さからどう手をつけていいかわからないくらいの怒りの激しさに、私は閉口し、時にはその場を他の仲間に任せてよく席を外したものだ。

そんな時は「困った」という感情と「羨ましい」という感情が同居していたかもしれない。「っんたく、怒れてイイナ」って。激しすぎる怒りは、理解はできても共感はできないのが常だった。

過去の怒りを引っ張り出してくることもあったが、私にはどうすることもできず、ほとんどの場合、硬直。

席に戻ってくると、たいてい自己嫌悪からだろうか、うつむきがちで、「またやってしまった」と自分を責め、大きなため息をつく彼女がいた。

その光景は彼女と仕事を共にした半年間の間に何度も見た。

当時の私はプライベートにも問題を抱え、不全感でエネルギーの放出度合いとしては低い状態が続いていた。

チーム内が殺伐としていることが多かった為か、雰囲気を和ませる役割に徹していた時期もある。仕事はしなかった訳ではないが、彼女はそんな私を「のらりくらりしてる」と責めたものだ。

彼女の掲げる高い要求レベルは、賛同できるものであったが、それはクライアントの現状にマッチしないし、実効性に疑問があった。

今はその時期ではないと何度もぶつかったものだ。

事実、クライアントは彼女の思うようには動かなかった。クライアントには、私たちにはわからない組織の構造上の痛みがあるのだから。

おそらく、私は彼女の理想を邪魔する足かせであり、本当に厄介な存在だっただろう。私の人生においてそんな扱いをされたのは初めてかも・・・・今思えば貴重な体験だ(笑)

どういう訳か、そんな彼女がチームから離れてから、数回プライベートで相談を持ちかけられることがあった。

かなり意外だった。

今は深刻な問題も解決し、仕事も頑張っている。

彼女の能力と高い理想がクライアントのニーズや理想と合致すれば、必ずや素晴らしい成果があがる。今のクライアントとは上手くいっているようで安心だ。

今日も、時々、怒りながら、ため息をつきながらだろナ・・・・。
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タイプ1、封印

2005-09-06 01:11:32 | エニアグラム
「こうあらねばならない」「こうあるべきだ」という囚われが私のもつエネルギーを爆発させることがある。

そんな訳で、私は、エニアグラムで、自分を「タイプ1」を疑ったこともある。

私を支配しがちなのは本能中枢だと信じていたので、「タイプ9」の隣に位置する「タイプ1」でもおかしくないと思っていた。

ワークショップで書いた絵でも「あなたを花に例えると?」というテーマで、赤いつぼみのチューリップの絵を描いた。

いまだ咲かずに力を秘めている自分の状況を書いたつもりだった。

結果ではなくプロセスを重んじる自分がいるとその時は思ったし、ファシリテーターの方のコメントにも「秘めたエネルギーを感じますね」とコメントをいただきました。

「もしかして、私ってタイプ1?」なのか?

私には「タイプ1」だと言う職場の同僚であり尊敬する先輩がいる。

彼女の仕事ぶりや人柄を知ると、残念ながらどうしてもおなじタイプとは思えない。

同じ仕事をしていても、仕事へのひたむきさやクオリティに私とは違いがある。加えて彼女は非常に誠実である。嘘や偽り、ごまかしがない。

また彼女の下す判断は社会通念から外れることがなく、たまに見せる怒りのポイントは理解ができる。

しかし、私は彼女に比べるとどこか浅はかであり、厳しさが足りない。「まっ、いっか」で済ませることも彼女に比べれば多い。

しかし、彼女は違う。妥協もなければ自分の望むレベルまでひたすら努力を続けることができる。

そして時々、頑なで厳しいと感じる時もあるが、彼女自身が自分に厳しい課題をクリアしてきている自信を垣間見る。

だからこそ、努力を続ける人にとてもあたたかい。また彼女の評価はどんな時も公正だ。この点が同じインストラクターとして尊敬するところだ。

私にも「こうあらねばならない」「こうあるべきだ」と思う気持ちはある。しかし、あるべき姿は自分の描いたイメージであり、それは完全に自分オリジナルのイメージだったりする。

そのイメージに近づくために時に自分から離れた誰かが演じているのではないかと思うこともある。

役割として演じていたりするので、気持ちと身体感覚がちぐはぐな時もある。

私は役割として演じているのだろう。

1人になった時に感じる疲労感の「でどころ」はこの知らず知らずの違和感にあるのかも。

多くの場合、疲れていることに目をつぶって気づかないようにしてしまうのだけど・・・。

でも、さすがに最近は年とともに、疲労感には正直になってきたなぁ(笑)
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自分の感情にFocusできない!?

2005-09-05 01:23:27 | エニアグラム
皮肉なことだけど、私は、相手の感情よりも自分の感情を観察できない。

最近はこのことが劣等感になりつつあるほど。

周りの方はもっと自分の感情を簡単に言葉でも表情でも身振りや手振りでも表現している。

羨ましい。

それに比べて、自分はどうなのか?喜怒哀楽の4つの感情についてふり返ってみても、たまに「怒り」を自覚する以外は自分の感情に目をつぶってきたように思う。

それも感情から瞬く間に目をそらし、封印してきたように思う。

最近では、辛うじて何回かに一度は、素通りしている自分の感情に気づくことはできるようになった。

おそらく、揺れる感情に気づいてしまったがために、平静を保てない自分を「かっこ悪い」と思ってる。

本当の自分を出すことを何故、恐れてしまうのか?自分がどう思われるか気にしている自分に気づくのだけど、その一方であけすけで、ざっくばらんな自分もいる。

そんな時の開放感はふり返ると快適そのものだ!もっとありのままの自分でいていいんだなぁって最近思えるようになった。

たぶん、そうしたところで、さほど周囲を困らせすぎることはないだろう・・・うん、うん、もうすこし自分を信用してあげよう。

多くのエニアグラムの本に書かれているが、私のタイプへの助言「ありのままの自分でいていい」、ようやく意味わかるようになってきたかも・・・ムリしない、感情を取繕わない、もっとリラックス・リラックス。

今まで、放置しがちだった自分の感情についてはもう少し根気強く味わっていこう、今日は、どんな自分に出会って「こんにちは」って言えるか楽しみだ。
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なにを伝えたか、なにが伝わったか

2005-09-05 00:51:18 | コールセンターの仕事
集合研修を中心とした教育は私の仕事のひとつである。

研修インストラクターの中には研修が好きで好きでたまらない、研修こそ天職!という人も多くいるが、私はそういう感情を自分で意識したことはない。

私の研修の受講者は、採用直後のアルバイト社員であり、その大半がフリーアルバイターである。

パッケージ研修では、会社として必ず落とし込まなければならないことは確実に落とし込まなければならない。

今、重点的に行っている研修では、とりわけお客様との間に致命的な過ちを犯さない為に、どこまで強烈に彼らの果たすべき役割を印象づけ、理解を深められるかが私の課題である。

パッケージなので同じ内容の繰り返しになりがちだが、受講生の反応や社会経験などは毎度違うので理解度を見て、例話や伝え方はやはり変える。

共感度が薄い受講者が多い時は、本当に伝わっているのか、自分の伝え方に問題がないかとやはり心配にもなる。

研修の最後には理解度を問うテストを行うが、選択式の回答はもちろん正誤がはっきりしているので正答していなければ困るが、記述式の問いの回答を読んでいると、回答用紙の向こうの受講者に興味が湧いてくる。

「確実に理解してくれたんだ」とホッとしたり、「あれれ、そういう解釈しちゃった?」と自分の伝え方のどこに問題があったかを省みたり。

時には「えーっ、そんなことまで考えてくれたのねーー」と『みずみずしい感性』に驚かされたり、頼もしく思うこともある。

ここでも、受講者の「囚われ」や「理解の枠組み」の違いなどが見えてくる。

お客様は十人十色である。応対する社員も同じである。

基本応対は確実にモノにして欲しいが、それぞれの良さを活かして、お客様と実りのある時間を過ごしてほしい。楽しいことばかりではないけど、「喜び」は確実にある。仕事の喜びは「力」になる。

インストラクターとこれから現場で接客にあたる研修受講者の関係は「立場」は違うけど「目的」は同じだ。

伝えるということにFocusしても、伝えたいと思うこと、伝わると信じること、伝わっているか感じること、相手の伝えたい気持ちに最後まで寄り添うこと、立場は違うがやはり同じである。

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2012年の6月からアクションラーニングのコーチとして活動しています。アクションラーニングとは⇒コチラ
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