前回はレイキャビクの港に到着し、
ティターンズの基地に案内されました。
今回はいよいよ基地内に入ります。
202:
キミは両手を挙げて見せた。
ドックを出てエレカに乗り、基地の中を走る間も兵士たちは全く無言
だった。ジープが止まったのは、司令部らしきビルの前だった。入口
には自動小銃を肩にかけた衛兵が立っていたが、キミと兵士はチェッ
クもされずに中に入り、3階に上がった。
キミが連れて行かれた部屋には、ティターンズの軍服を着た老人がい
るだけだった。大きなデスクの後ろで椅子に太った体を沈めた彼は、
敬礼する兵士に鷹揚に頷く。
「宜しい、下がれ」
老人はたっぷり1分間、無言で垂れ下がった瞼の隙間からジッとキミ
を見詰めていた。キミは老人を知っていることに気づく。そう、あの
5年前の─老人が嗄れた声を絞り出した。
「間違いなく本人のようだな。ならば貴様は儂を忘れてはおるまい?」
「今思い出したよ。アンタはハムリン=アーカットだ」
キミの目の前にいる老人こそ、5年前のティターンズによる陰謀の主
犯格と目されていた男だった。しかし、彼はFISTの張った網の目
を巧みに擦り抜け、結局処分を免れた。
「5年前…ジオンの亡霊に取り憑かれた者共から地球圏を守る最後の
機会は失われた。連邦政府の日和見な連中のために…貴様らFIST
のためにな。その結果を見るが良い。美しい大地は再び戦火に晒され、
夢を語ることしか知らぬ宇宙生まれの小僧共が為政者面をしてふんぞ
り返っている」
「貴様にはこのクーデターを成功させる義務があるということだ」
秘書室に通じるドアが開き、ミディが入って来た。キミの横に立ち、
アーカットに敬礼する。
「ティターンズの制服もなかなか様になっているではないか」
せせら笑うようなアーカットの口調に、ミディの表情が一瞬引き攣っ
たように見えた。
ミディは小さなケースをデスクの上に置いた。アーカットはそれにチ
ラリと目をくれる。
「シュペールサイコミュのデコーダユニットです」
アーカットは書類をミディに差し出した。
「ホーソン少佐に任官、第88スコードロンの指揮権を与える」
背後のスクリーンにウェールズの地図が映し出される。
「正規軍に編入されるべくスウォンジーに移送されている第23機甲
軍が、本月12日を期して蜂起、市内の主要な施設、交通拠点を占拠
して同市を制圧する。同時に待機していた輸送船団は人員、及び物資
を揚陸、北に80キロの地点にある連邦情報部への進撃準備を開始。
これが本作戦の第1段階であり、24時間で完了する予定であるが、
その間当然連邦の反撃が予想される。そこで少佐には、連邦の鎮圧部
隊が通ると予想されるルートの1つ、北からスウォンジーに至る40
号線を第88スコードロンを以って封鎖して貰いたい」
「了解しました」
「大尉」
アーカットは視線をキミに転じた。
「第88スコードロンには貴様のための機体が用意してある。少佐の
指揮下に入るのだ。話はそれだけだ」
ビルを出たキミを乗せ、ミディの運転するエレカは走り出した。
「シュペールサイコミュって言ってたな、アレがもう1枚のカード?」
「知っているの?」
「アクシズが研究中って噂を聞いたことがある。連邦でも似たような
モノを考えてたよ」
アクシズと呼ばれるようになってからもサイコミュの改良は続けられ、
特に要求されたのは、サイコミュの地上における運用だった。ビット
は無重力の宇宙では捕捉不可能と言っても良い運動性を発揮するが、
地上においてはミノフスキークラフトを以ってしても、その威力の低
下は避けられない。そこで、地面の上で暴れるなら脚をつけたらどう
か、という単純な発想から生まれたのが、サイコミュで複数機のモビ
ルスーツを運用するという案だった。
だが、従来のサイコミュでは地形や重力などの要素が加わり、宇宙よ
り遥かに複雑化した地上のデータを処理するのは不可能だった。
「完成していたとは知らなかったな」
「運用試験のために私と一緒に地球に降ろされた試験機が、ボルゴグ
ラードが陥落した際、連邦軍に鹵獲されてしまった…でも、彼らの手
に渡る前に私の部下がデコーダユニットを外していたの。抜け殻の機
体は研究のためにアイスランドに送られたんだけど、まるで役に立た
なかったらしいわ。ミノフスキー通信の技術においてネオジオンに差
をつけられていた連邦にとっては、出力信号を処理するためのデコー
ダユニットこそが肝心だったのね」
「ティターンズはオレをその試験機に乗せるつもりじゃないだろうな」
「アナタの機体は別にあるわ。試験機に乗るのは私よ、一応ね。でも、
私は乗らないわ。死にたくないもの」
「どういう意味だ?」
ミディはエレカを止めた。メカマンとは違って黒ずくめの制服を着た
男がミディに駆け寄り、敬礼した。
「第88スコードロン司令部付き軍曹、ウィリー=ドリスコルであり
ます。少佐、お待ちしておりました」
軍曹は30に手が届こうかという厳つい大男だった。ミディを少佐と
呼ぶ時、彼の声に嫌味な響きが含まれているのに気づいた。
軍曹がキミに目を止めた。
「グルンドゥールのパイロットよ。乗機を見せてあげて」
「例の強化人間ですな。おい、チェイ!」
軍曹に呼びつけられたメカマンに案内され、キミは巨大な機体の前に
立った。普通のモビルスーツの1.5倍近くはあろうか、ハンガーの
天上に頭を支えさせて立っている。前へ張り出した胸の上に小さな頭
部がちょこんと乗っていた。
メカマンはキミに分厚いファイルを渡した。
「主兵装は出力9メガのビームランチャー、近接用の装備は腰部に取
りつけられた4基のビームターレット、それに磁界発生器─ま、低出
力のビームなら完全に防げます。白兵用の装備はありません。元々、
ビグザム的な大火力を持った宇宙における対艦用の機体として、大出
力の反応炉を積み戦艦並の火器を使用可能にしようとしたのが、小型
高効率のビームシステムの登場で廃棄されちまった機体ですからね。
それがペイロードの大きさ故、エニグマを積んで復活って訳です」
キミはその名を聞いたことがあった。開発中のシュペールサイコミュ
的なシステムを連邦ではそう呼んでいた。
「完成していたのか…ちょっと待て、アレは政府の技研が研究してい
た筈だぞ。何でティターンズが」
「あそこは機密保持にはルーズなところでね」
言うだけ言ってメカマンは去って行った。
暫く歩いたキミは、ある機体の前ではたと立ち止まった。周囲の機体
とは明らかに異質な有機的なフォルムを持つそれは、作業灯に照らさ
れて微妙な曲線を描く装甲に複雑な影を落としている。それは1機で
はなかった。5機の同型がズラリと並んでいる。
キミの後ろにいつの間にかミディが立っていた。
「見ての通り、キュベレイを利用しているわ。でも中身は全くの別物
─特に操縦系はね。5機の内4機にはコクピットがないのよ。そのス
ペースにはシュペールサイコミュのサブユニットが搭載されている。
そして─」
ミディは色の違う1機を指差した。
「あの母機のパイロットが1人で5機を操縦する。ネオジオンではこ
の5機をクインテッドキュベレイと呼んでいたわ」
「さっき言ってた、死にたくないってのはどういう意味だ?」
「クインテッドキュベレイは─ある意味で失敗作。勿論ティターンズ
は知らないけど。地球に降ろす前、コロニーで模擬戦をやったのよ。
試験開始から3分と経たない内にクインテッドキュベレイが暴走を始
めた…実弾は使用していなかったにも関わらず、仮想敵機のバウ3機
の内1機がスクラップにされてしまった。そして、キュベレイのパイ
ロットは─行動不能に陥った機体のコクピットから引き摺り出
された時には廃人同然だったわ。彼の精神は完全に破壊されていたの」
「クインテッドキュベレイのパイロットは、シートに完全に固定され、
作りつけの巨大なヘルメットに肩迄スッポリと覆われた状態で正面に
1面だけあるディスプレイと正対するの。始動時には興奮剤を投与さ
れ、催眠状態のままヘルメットの中に響くデジタル音とディスプレイ
に表示される光と彩色のパターンによって情報を与えられる。聴覚と
視覚の刺激に対するパイロットの反応を捉えたサイコミュは、それを
戦闘行為として処理し、小隊の機体に伝達する訳。パイロットは耳か
ら、目から次々と流れ込んで来る情報を片端から処理していかねばな
らないのよ。パイロットの精神には想像を絶する負担がかかる─それ
なりの対策は講じられていたんだけど、予想以上のシステムだったの
ね。被験者は情報の洪水の中で自我を見失い、完全に機械の部品と化
してしまったのよ。その結果、クインテッドキュベレイは暴走し、彼
は精神に回復不能なダメージを受けてしまった…」
「エニグマにはシュペールサイコミュのような問題は発生しなかった
らしいわ。もっともそれはエニグマの方が優秀ということではなく、
逆に性能が低い分、パイロットへの負担が軽いためね」
今回は長いので出撃部分を次回に回します。
ティターンズの基地に案内されました。
今回はいよいよ基地内に入ります。
202:
キミは両手を挙げて見せた。
ドックを出てエレカに乗り、基地の中を走る間も兵士たちは全く無言
だった。ジープが止まったのは、司令部らしきビルの前だった。入口
には自動小銃を肩にかけた衛兵が立っていたが、キミと兵士はチェッ
クもされずに中に入り、3階に上がった。
キミが連れて行かれた部屋には、ティターンズの軍服を着た老人がい
るだけだった。大きなデスクの後ろで椅子に太った体を沈めた彼は、
敬礼する兵士に鷹揚に頷く。
「宜しい、下がれ」
老人はたっぷり1分間、無言で垂れ下がった瞼の隙間からジッとキミ
を見詰めていた。キミは老人を知っていることに気づく。そう、あの
5年前の─老人が嗄れた声を絞り出した。
「間違いなく本人のようだな。ならば貴様は儂を忘れてはおるまい?」
「今思い出したよ。アンタはハムリン=アーカットだ」
キミの目の前にいる老人こそ、5年前のティターンズによる陰謀の主
犯格と目されていた男だった。しかし、彼はFISTの張った網の目
を巧みに擦り抜け、結局処分を免れた。
「5年前…ジオンの亡霊に取り憑かれた者共から地球圏を守る最後の
機会は失われた。連邦政府の日和見な連中のために…貴様らFIST
のためにな。その結果を見るが良い。美しい大地は再び戦火に晒され、
夢を語ることしか知らぬ宇宙生まれの小僧共が為政者面をしてふんぞ
り返っている」
「貴様にはこのクーデターを成功させる義務があるということだ」
秘書室に通じるドアが開き、ミディが入って来た。キミの横に立ち、
アーカットに敬礼する。
「ティターンズの制服もなかなか様になっているではないか」
せせら笑うようなアーカットの口調に、ミディの表情が一瞬引き攣っ
たように見えた。
ミディは小さなケースをデスクの上に置いた。アーカットはそれにチ
ラリと目をくれる。
「シュペールサイコミュのデコーダユニットです」
アーカットは書類をミディに差し出した。
「ホーソン少佐に任官、第88スコードロンの指揮権を与える」
背後のスクリーンにウェールズの地図が映し出される。
「正規軍に編入されるべくスウォンジーに移送されている第23機甲
軍が、本月12日を期して蜂起、市内の主要な施設、交通拠点を占拠
して同市を制圧する。同時に待機していた輸送船団は人員、及び物資
を揚陸、北に80キロの地点にある連邦情報部への進撃準備を開始。
これが本作戦の第1段階であり、24時間で完了する予定であるが、
その間当然連邦の反撃が予想される。そこで少佐には、連邦の鎮圧部
隊が通ると予想されるルートの1つ、北からスウォンジーに至る40
号線を第88スコードロンを以って封鎖して貰いたい」
「了解しました」
「大尉」
アーカットは視線をキミに転じた。
「第88スコードロンには貴様のための機体が用意してある。少佐の
指揮下に入るのだ。話はそれだけだ」
ビルを出たキミを乗せ、ミディの運転するエレカは走り出した。
「シュペールサイコミュって言ってたな、アレがもう1枚のカード?」
「知っているの?」
「アクシズが研究中って噂を聞いたことがある。連邦でも似たような
モノを考えてたよ」
アクシズと呼ばれるようになってからもサイコミュの改良は続けられ、
特に要求されたのは、サイコミュの地上における運用だった。ビット
は無重力の宇宙では捕捉不可能と言っても良い運動性を発揮するが、
地上においてはミノフスキークラフトを以ってしても、その威力の低
下は避けられない。そこで、地面の上で暴れるなら脚をつけたらどう
か、という単純な発想から生まれたのが、サイコミュで複数機のモビ
ルスーツを運用するという案だった。
だが、従来のサイコミュでは地形や重力などの要素が加わり、宇宙よ
り遥かに複雑化した地上のデータを処理するのは不可能だった。
「完成していたとは知らなかったな」
「運用試験のために私と一緒に地球に降ろされた試験機が、ボルゴグ
ラードが陥落した際、連邦軍に鹵獲されてしまった…でも、彼らの手
に渡る前に私の部下がデコーダユニットを外していたの。抜け殻の機
体は研究のためにアイスランドに送られたんだけど、まるで役に立た
なかったらしいわ。ミノフスキー通信の技術においてネオジオンに差
をつけられていた連邦にとっては、出力信号を処理するためのデコー
ダユニットこそが肝心だったのね」
「ティターンズはオレをその試験機に乗せるつもりじゃないだろうな」
「アナタの機体は別にあるわ。試験機に乗るのは私よ、一応ね。でも、
私は乗らないわ。死にたくないもの」
「どういう意味だ?」
ミディはエレカを止めた。メカマンとは違って黒ずくめの制服を着た
男がミディに駆け寄り、敬礼した。
「第88スコードロン司令部付き軍曹、ウィリー=ドリスコルであり
ます。少佐、お待ちしておりました」
軍曹は30に手が届こうかという厳つい大男だった。ミディを少佐と
呼ぶ時、彼の声に嫌味な響きが含まれているのに気づいた。
軍曹がキミに目を止めた。
「グルンドゥールのパイロットよ。乗機を見せてあげて」
「例の強化人間ですな。おい、チェイ!」
軍曹に呼びつけられたメカマンに案内され、キミは巨大な機体の前に
立った。普通のモビルスーツの1.5倍近くはあろうか、ハンガーの
天上に頭を支えさせて立っている。前へ張り出した胸の上に小さな頭
部がちょこんと乗っていた。
メカマンはキミに分厚いファイルを渡した。
「主兵装は出力9メガのビームランチャー、近接用の装備は腰部に取
りつけられた4基のビームターレット、それに磁界発生器─ま、低出
力のビームなら完全に防げます。白兵用の装備はありません。元々、
ビグザム的な大火力を持った宇宙における対艦用の機体として、大出
力の反応炉を積み戦艦並の火器を使用可能にしようとしたのが、小型
高効率のビームシステムの登場で廃棄されちまった機体ですからね。
それがペイロードの大きさ故、エニグマを積んで復活って訳です」
キミはその名を聞いたことがあった。開発中のシュペールサイコミュ
的なシステムを連邦ではそう呼んでいた。
「完成していたのか…ちょっと待て、アレは政府の技研が研究してい
た筈だぞ。何でティターンズが」
「あそこは機密保持にはルーズなところでね」
言うだけ言ってメカマンは去って行った。
暫く歩いたキミは、ある機体の前ではたと立ち止まった。周囲の機体
とは明らかに異質な有機的なフォルムを持つそれは、作業灯に照らさ
れて微妙な曲線を描く装甲に複雑な影を落としている。それは1機で
はなかった。5機の同型がズラリと並んでいる。
キミの後ろにいつの間にかミディが立っていた。
「見ての通り、キュベレイを利用しているわ。でも中身は全くの別物
─特に操縦系はね。5機の内4機にはコクピットがないのよ。そのス
ペースにはシュペールサイコミュのサブユニットが搭載されている。
そして─」
ミディは色の違う1機を指差した。
「あの母機のパイロットが1人で5機を操縦する。ネオジオンではこ
の5機をクインテッドキュベレイと呼んでいたわ」
「さっき言ってた、死にたくないってのはどういう意味だ?」
「クインテッドキュベレイは─ある意味で失敗作。勿論ティターンズ
は知らないけど。地球に降ろす前、コロニーで模擬戦をやったのよ。
試験開始から3分と経たない内にクインテッドキュベレイが暴走を始
めた…実弾は使用していなかったにも関わらず、仮想敵機のバウ3機
の内1機がスクラップにされてしまった。そして、キュベレイのパイ
ロットは─行動不能に陥った機体のコクピットから引き摺り出
された時には廃人同然だったわ。彼の精神は完全に破壊されていたの」
「クインテッドキュベレイのパイロットは、シートに完全に固定され、
作りつけの巨大なヘルメットに肩迄スッポリと覆われた状態で正面に
1面だけあるディスプレイと正対するの。始動時には興奮剤を投与さ
れ、催眠状態のままヘルメットの中に響くデジタル音とディスプレイ
に表示される光と彩色のパターンによって情報を与えられる。聴覚と
視覚の刺激に対するパイロットの反応を捉えたサイコミュは、それを
戦闘行為として処理し、小隊の機体に伝達する訳。パイロットは耳か
ら、目から次々と流れ込んで来る情報を片端から処理していかねばな
らないのよ。パイロットの精神には想像を絶する負担がかかる─それ
なりの対策は講じられていたんだけど、予想以上のシステムだったの
ね。被験者は情報の洪水の中で自我を見失い、完全に機械の部品と化
してしまったのよ。その結果、クインテッドキュベレイは暴走し、彼
は精神に回復不能なダメージを受けてしまった…」
「エニグマにはシュペールサイコミュのような問題は発生しなかった
らしいわ。もっともそれはエニグマの方が優秀ということではなく、
逆に性能が低い分、パイロットへの負担が軽いためね」
今回は長いので出撃部分を次回に回します。