12/24(木) 9:01配信 東洋経済オンラインより
尖閣諸島周辺に頻繁に出没している「中国海警」とは?
2020年に入って、尖閣諸島周辺の緊張が増している。白い船体に「CHINA COAST GUARD」と書かれた「中国海警」の船が日本領海にかつてない長時間とどまるなど、これまで以上に日本側への圧力を高めているためだ。彼らは何を狙っているのか。中国防衛駐在官(駐在武官)も務めた、自衛隊きっての中国ウオッチャーが精緻に分析する。
近年、尖閣諸島周辺に出没し、連日のように報道される「中国海警」であるが、最近その属性を大きく変えたことを、尖閣諸島を領有する日本社会は明確に理解しておく必要がある。
具体的には、中国海警が中国の海軍力(海上武装力量)を構成する一部、すなわち軍隊の1つであることを中国自身が明確にしたことである。
そもそも中国海警とは、それまで「中国漁政」や「中国海監」などの複数の機関に分立していた海上法執行組織が、「国務院機構改革・機能転換方案」に基づいて2013年、国土資源部国家海洋局の下に、中央政府である国務院と、中国のすべての軍事力を指揮する中央軍事委員会との双方の指導と指揮を受ける中国海警として再編された海上法執行機関であった。
■2018年から武装警察の下部組織に
その後、2018年の中国共産党第19期中央委員会第3回全体会議(3中全会)で発表された「党と国家機構の深化のための改革方案」によって、この「中国海警」は国務院から分離され、あらためて人民武装警察部隊(武警)の下部組織として、中国共産党中央と中央軍事委員会の一元的な指揮を受ける組織へ改編されることが明らかされ、2年を経てようやく2020年6月、「人民武装警察法(武警法)」の改正と11月に中国の立法機関である全国人民代表大会(全人代)の常務委員会によって公表された「中華人民共和国海警法(海警法草案)」によって、その真の姿が立法化されることになったのである。
とくに、「海警法草案」では、中国海警は「法執行機関(国家行政執法力量)」である前に「海軍力」であることが明記され、「法執行機関であるのか軍隊であるのか」というそれまでの曖昧な存在から、「法執行活動をする軍隊」として、その属性を大きく変えた。
今回、このように中国海警の軍隊としての姿が明らかにされた一方で、いまだに、あるいは新たにいくつかの曖昧な部分が浮かび上がってきた。そこで本稿ではその曖昧な部分について考えていきたい。
■名前は同じでも実質は大違い
中国海警は軍隊の編制上では「海警総隊」あるいは「海警部隊」と呼ばれている。その一方で、海上における「権益保護と法執行(維権執法)」を担う組織として「中国海警局」とも呼ばれている。しかし、中国海警局なる呼称は、「国家海洋局」に表裏一体として用いられてきた2018年以前の中国海警局とは名称こそ変わっていないが実態はまったく異なる。
2013年に誕生した「国家海洋局」と表裏一体の中国海警局は、「国家海洋局」の上位官庁である「国土資源部」とともに、一般警察を主管している「公安部」の影響を強く受けた「法執行機関」であることが強調されていた。これに対して、2018年以降、少なくとも法律上は2020年以後の中国海警は「法執行機関」である前に「海軍力」であることが明示された。
この中国海警局なる用語は中国国内向けの中国語名称ではある。漢字をもっぱら常用している日本社会と日本語話者に対しても、この中国語の用語をそのまま日本語に転記して中国海警局が用いられている。
日本語話者にとっては、国家行政組織を想像させる「局」という語を用いることで「海上保安庁」との言葉の親和性を誘導し、「法執行機関ではあるが軍隊ではない」海上保安庁と同様な行政組織であるかのようなソフトイメージを醸し出し、属性を変えた現在においても、結果として軍隊・軍事力としての「強面」のイメージから遠ざけている。
■中国の「公船」と呼ぶのは正しいか
事実、尖閣諸島周辺海域に出没する中国海警の艦船を、日本社会はいまだに「軍艦」とは呼ばずに「公船」と呼んでいる。ちなみに国際法上の「軍艦」と呼ばれる艦船は「海軍」に所属する艦船に限ったものではない。アメリカ沿岸警備隊(U.S. Coast Guard)のカッター(巡視船)も「軍艦」である。
英米語話者・社会に向けての通称は中国海警局、「武警海警部隊」のいずれも「China Coast Guard」である。英米語話者のイメージする「Coast Guard」とは、アメリカ海軍や海兵隊とともにアメリカ軍を構成するアメリカ沿岸警備隊であり、日本語話者ほどに現実と離れたイメージを抱く危険性は少ないのだろう。以前から多くの英米語話者には「China Coast Guard」である中国海警も、他国の「Coast Guard」と同様に軍事力の一部として見なされてきた。
中国海警の艦船の属性が「公船」から「軍艦」に変わったからといって、日本の法制上、日本政府の対応・対処が大きく変わることはない。しかし、洋上において中国海警の艦船と対峙する日本漁船や海上保安官、さらには報道などを通じてその状況に注目する日本語話者たる日本社会の人々における、そのイメージや警戒感はこれまでと大きく変化することになるだろう。
「海警法草案」に規定された文章には奇妙な表現がある。
「中華人民共和国管轄海域は、中華人民共和国の内水・領海・接続水域・排他的経済水域・大陸棚、及び中華人民共和国が管轄するその他の海域を指す」(第74条第2項)
「管轄海域は、管轄する海域」とは何を指しているのであろう。このような恣意的に解釈可能な表現は、国際社会に無用な懸念を生じさせることになる。
中国が管轄権を主張する九段線によってそのほとんどの海域を覆う南シナ海や、沖縄トラフまでをも排他的経済水域であると主張する東シナ海などに対する中国の考え方を見れば、南シナ海や東シナ海のほぼすべての海域を中国は「管轄海域」であると考えていたとしても不思議ではない。
■日本海でも活動する可能性
また、「海警法草案」では、漁業活動の保護や監督も中国海警の任務としているが、中国漁船の活動する海域が管轄海域であると解釈すれば際限のないものとなってしまう。近年、日本海の大和堆(やまとたい)で操業する中国漁船が多数確認されているが、これら中国漁船の監督や保護を目的として、近い将来、北朝鮮の要請を受け、あるいは要請がなくとも独善的に中国海警がその活動海域を日本海にまで拡大させる可能性は否定できないだろう。
当然、日本や国際社会が中国の主張を認める義務はみじんもない。しかし、国際社会では実効性の確保と既成事実の積み重ねが重要である。中国の主張を看過し、放置することはその主張を認めたに等しいことになることを忘れてはならない。
度重なる「中国海警」の船舶による尖閣諸島周辺海域への領海侵入を、「維権執法」であると主張する中国の立場に立てば、尖閣諸島をめぐって生じる海上保安庁や自衛隊との摩擦は「戦時」の国家間の武力衝突ではなく、「平時」における「維権」活動で生じる些細な事案であるのかもしれない。
こうした中国の見方を敷衍(ふえん)すれば、中国にとって、すでに第1列島線の内側は「中国海警」が実効的に管轄(維権執法)している海域であると中国が理解していたとしてもおかしくはない。「中国海警」の能力強化が進むに従って第1列島線内における人民解放軍海軍(中国海軍)が「中国海警」を支援するという負担が軽減されれば、おのずと中国海軍の主活動海域は第1列島線の外側に向かい、中国が望む真の「外洋海軍」に近づくことにもなる。空母を中心とする外洋戦力や水陸両用戦能力など中国海軍の能力向上や、「中国海警」の勢力増強の状況はその表れと見ることが適当であろう。
「中国海警」の艦船や無人機等のハード面での増強、法律や宣伝などソフト面での強化に周辺諸国が後れを取った場合、南シナ海や東シナ海では白い船体の「中国海警」が海軍の手を借りず活動できるようになるかもしれない。第1列島線の中と外で、中国海警と海軍が役割分担するということだ。
■漢字のイメージにとらわれるな
中国には中国の主張があるように、日本やそのほかの中国周辺諸国にもそれぞれにそれぞれの主張がある。国際社会を見渡す限り、少なくともまだわれわれのほうが中国の主張よりも多数派でかつ普遍性があるように見える。しかし、中国の主張や行動を看過し、軽視し、放置していれば、いつの間にか中国の主張が多数派になる日も遠くない。
国際社会はつねに彼らの主張や行動に注視し、適切な対応を講じていく必要がある。そのためには用語やその用法に惑わされてはならない。とくにもっぱら漢字を常用する日本社会は思い込みや先入観で、客観的な判断をおろそかにしては相手の思うつぼだと言えよう。
(※本論で述べている見解は、執筆者個人のものであり、所属する組織を代表するものではない)
山本 勝也 :防衛省防衛研究所 教育部長