今回は剣岳初登頂のルート。長治郎谷を登り剣岳へ、そして残雪豊富な平蔵谷を下降すると言うものであったが、先ずは結果から言ってしまおう。撤退である。いくらもったいぶっても撤退は撤退である。このブログを読み進めるみなさんが「なんだよ。撤退かよ!」とがっかりしない為に最初に言ってしまおう。この日富山地方は梅雨末期の大雨となり、我々はとても登頂するどころではなく、日程を一日早め、すごすごと逃げ帰ってきたのだ。東京地方の友人達がFACE BOOK で「梅雨明けだ!」などと叫んでいるその日に。
このルートは雪状態が一番良いこの時期に行くことにしている。5月は未だ至る所雪だらけであるし、残雪も不安定な時期だ。8月ともなると、雪渓はガチガチに締まってステップを切ることも大変になってくるし、ピッケルさえ打ち込めない。だから、梅雨のこの時期に長治郎を目指す。梅雨はずっと雨が降り続いているわけではないので、登頂の可能性はそれほど低くなくて、今までも8割方登頂できているはずだ。
それにしてもアルペンルートには今までいったい何度乗ったことだろう。今回のお客さんもそれぞれベテランの方々だし、そもそも、一般の観光客と違ってアルペンルートの乗り物に乗ることが目的ではないので、
「アルペンルートってかったるいですよね」
「そうね、全然つまんないわ」
「なんの感動もないわ」
などと勝手なことをいいながら、文明の恩恵に大いに与り僕らは標高2,450mの立山室堂へ到着した。
未だ雨は降っていなかったが時々体をあおられる程風が強く、ガスで周囲は何も見えないのだが、剣沢を目指して出発した。
室堂の地獄谷では今異変が起きている。それは亜硫酸ガスの異常発生だ。地獄谷は通常でもガスが噴出し、湯がぐらぐらと沸くこの世の地獄だが、ここのガスが3.11以降異常な噴出を続けているのだ。地獄谷コースの道は閉鎖され、雷鳥荘を経由するルートを行かなくてはならないが、数百メール離れたこの道を歩いてでさえ、鼻や目に相当な刺激を感じる。強烈な硫黄臭に、鼻はツンツン、目にはピリピリとヤバイ感じが伝わってくる。雷鳥荘脇の谷間では、ハイマツは無残にも枯れ果て、赤茶けた姿になってしまっている。百年単位で成長してきたであろうハイマツが枯れると言うことは、ここ百年こんな事はなかったと言う事だ。ガンコウランもほぼ全滅。クロマメノキ(ブルーベリー)は亜硫酸に強く健在だ。焼岳でも、飛騨側の中腹から白い煙が上がってるし、地殻の下の方で今何かが起きているのだろうか。
天気も悪いので今回は何度も雷鳥に出会った。歩いていると、道脇からパタパタと雷鳥が登山道に飛び出て来る。そして、我々を先導するかのように前を歩きしばらくすると、道からそれていく。しかも、その殆どはオスだ。多分いまメスは抱卵中でオスは見張りをしているのだろう。部外者が近づくと、自分がおとりとなって登山者の注意を引きつける。「こっちだよーー」とね。僕は彼に「おう、そうかそうか、そこに巣があるのか。わかっちゃったぞー。」なんて人間様らしく意地悪なことを言ってみたりする。風も次第に弱まって、別山乗越も無事越えられそうだ。
乗越で支配人の坂本さんに会いに剣御前小屋に立ち寄ったのだが、受付の中を覗いてびっくり。
そこにずらりとぶら下がる物、なんじゃ?これは????見ればそれは狐、狸、そしてテンの毛皮だ。テンを触らせてもらったが、極上のふわっふわっ。流石に珍重されるだけの事がある。
坂本さんは山を下りる冬場、芦峅寺で猟師をしている。芦峅寺と言えば、立山ガイド達の郷であり、彼らは同時に雪山を自在に駆け巡る優秀なマタギでもあった。古くから立山ワカンや、鉄カンジキと呼ばれるアイゼンなど独自の装備をもち、スキーも駆使して猟をしていた。ところが今や高齢化によって後継者は少なく、その独特の技術は失われようとしている。坂本さんは芦峅寺の生まれではないのだが、今芦峅寺に住んでその伝統を受け継ごうとしているのだ。現在どこでも猟をたしなむ人が減り、各地の猟友会などは存亡の危機にある。鉄砲を撃つ者がいないので、天敵を失ったニホンジカが大繁殖をし、貴重な高山植物を食い尽くしている。鹿を撃つにも山を駆ける撃ち手がいないのだ。今年は長治郎谷でも鹿が目撃されたという。僕も、昨年春の毛勝山で鹿を見た。その生息域は思いの外急速に広がっている気がする。さて、この毛皮、可愛そうだとか、残酷だとかいろいろ意見もあるだろう。だが、これは文化なのだ。僕には少なからず憧れがあるし、そんな坂本さんを尊敬している。
僕たちはホワイトアウト気味の剣沢を下って、剣沢小屋に入った。しばらくすると雨が降り始め、夕方頃からは土砂降りとなる。当初の天気予報ではこの三日間天気は良いはずだったのだが、梅雨前線が日本海に停滞している。外では風がピューピューうなりをあげている。
奥が佐伯新平若大将(寝癖で髪の毛が爆発しているがイケメンじゃ)
夜中も断続的に強い雨が降り、朝になってもそれは降り止まなかった。天気予報も悪いので一日早い撤退を決意した。悪天の間隙をぬって、来た道をとぼとぼと帰る。こんな事もあるのだ山は。又来よう。雷鳥が時々先導してくれる、サンキュー。
剣沢小屋のお宝その1 植村直己の書(ベニヤ板にマジックペンつうのがレア、それにしてもセンスがいい)
剣沢小屋のお宝その2 若かりし頃の八千草薫(可愛い)右手前は佐伯文蔵氏