山岳ガイド赤沼千史のブログ

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13内緒沢 社員旅行7月18、19日

2013年07月20日 | ツアー日記

 昨日からの雨で川は濁りが入り15センチ程増水もしていた。

「どうする?」なんて言いながらも僕らの気持ちは決まっていた。最初の渡渉は股下ぐらいまでなので何とか行けるだろう。だけどこれ以上降ったら後はどうなるかわからない。いざとなったら藪を漕いでの高巻きで逃げればいいやと、三人全員が思っていた。ここまでやって来て、そこには、我々を待っている岩魚たちがいて、そう簡単に逃げ帰るわけにはいかない。濁った増水の沢に入るなんてよい子の皆さんはマネしないでね。

 雨は断続的に降り続くが、川の水は次第に澄み始めて水位も下がりつつあった。この沢の下部は日帰り釣り師が入るから殆どつれないので、2時間ほど歩いて上流を目指す。そこから竿をだして、荷物も背負ったままつり上がる。早速に僕の毛鉤に岩魚が食らいついた。 未だ時間が早いので、リリース(逃がしてあげる事)をしながら沢を登る。

 今回のメンバーは、下條、小林、そして僕だ。と言うか基本いつもこのメンバーで沢に入る。僕ら間にはある種の分業が出来上がっていて、装備もに関しては何も打ち合わせをしなくてもそれぞれが、必要な物を過不足なく持ち寄って遡行が成立する。例えば、鋸とか、火吹き竹とか、竹串とか、まな板とか、タープとかそんなだ。沢登りを、楽しむためには僕らなりの特殊な装備があってそれを、各自が担当をわきまえていると言うことだ。キャンプサイトについても、タープを張る者、薪を集める者、火を焚く者など自然と自分の役回りを果たし、さっさとやっつけて、ひたすら夕まずめ(夕方の釣れる時間帯)に備える。

 下條は僕より一回り近く先輩だが、おっとりしていて、一切酒は飲まず、物静かな人だが、内に秘めたヤンチャ魂に溢れる人。火炊きの名人だ。どんな雨の中でも火を焚く。山の斜面の濡れた枯れ葉をひっくり返して、乾いた焚き付けを見つけ出し、根気よく火をつける。「餌釣り師」

 小林は僕より三つ上の大酒飲みだが、こいつと居れば大丈夫、何とかなると人に思わせる雰囲気を持つ。釣りは餌釣りも毛鉤釣りも両方やる無節操男。ちょと、そそっかしいと言うか、僕に負けまいと焦っているのか、いつも絡んでしまった仕掛けを直している印象がある。毎度のことだが今回も竿を一本折った。餌、毛鉤なんだったらルアーも引く「せっそうな師」

 そして、ぼくを含めた三人であるが、歳の差など全く意に介せずタメ口を利き、常にお互いをからかい、ジャブを食らわしつつ、冗談しか言わないと言うのが我々なのだ。気持ちが折れた者が負けになる。そうでなければ雨降る沢でずぶ濡れになりながら釣りを続けるなんて出来るわけがないのだ。典型的な遊び人三人衆であり、それぞれが達人である。お互いが掛けがえのない友でありライバルだ。因みに全員血液型は0型である。

下條「餌師」大物釣りはまかせとけ

小林 「せっそうな師」 だが頼りになる男だ。

 さて、この沢であるが、場所は口が裂けても言えない。僕らは毎年ここにやってきては、夏山シーズン前の命の洗濯をする。素晴らしい溢れんばかりの自然の恵みを味わって鋭気を養う、謂わば僕らの社員旅行みたいなもんだ。今回は二日間で70匹ぐらいは釣っただろう。もちろん食べられる分以外は他の奴には釣られるなよーーとリリースだ。

一投入魂 気配を悟られぬよう静かに近づき竿を振る。こういう大釜の白泡の裏に大岩魚が息づく

抵抗する岩魚

美しい天然岩魚 ピンシャンといってヒレが大きく張っている。旅館の塩焼きはみんな丸くて小さいヒレなんですよね。

 目的のテントサイトに到着しテントを設営し、薪を集めその他諸々をこなして僕らは、夕まずめに出かけた。雨は降ったりやんだりを繰り返し、上流部の黒雲がかなり気になるが僕らは釣りを続ける。雨が濁りの入った激流をたたくが、魚はちゃんと出てくれるので楽しくて仕方が無い。

 僕は毛鉤釣りだ。虫に似せて釣り鉤に鳥や獣の毛を巻く。糸の先につけた毛鉤をポイント(魚が居そうな場所)にピンポイントで放り込むと、すかさず岩魚がスーッと浮上してきてバシャッと毛鉤を咥えて反転する。その瞬間竿をたてて、毛鉤を奴の口に食い込ませる。これを「アワセ」という。餌釣りと違って、魚が見えるので興奮度は相当なものだ。釣り師が穏やかで落ち着いた心境で釣り糸を垂れていると思ったら大間違いで、心拍数は上がりっぱなしで、アドレナリンが出まくりなのが実態なのだ。行動は常に次の淵しか見ないので、今まで何度も怪我をした。足指の骨折3回、肋骨骨折2回。有名な三俣蓮華小屋の「おにサ」は鉄砲撃ちで、常に熊を探しながら歩いていたので足はいつも怪我だらけだったと聞くが、僕らもそんなもんだ。岩魚に心奪われ足下を見ていないのだ。危ないねえ。

必殺毛鉤

 毛鉤は全て自分で巻く。市販の物は値段が高いし、貧弱な物が多くて、浮力がなく激流の中では役に立たない。毛鉤釣りは見て釣る釣りなので毛鉤が自分から見えて岩魚から見えるのが重要で、そのためには浮力が必要だから空気を沢山ため込むようなフワッとした毛鉤が僕は好きだ。オレンジの目印もたっぷりつける。毛鉤を変えず、これでより沢山のポイントを当たるのが僕の釣りだ。足で釣るのだ。

今回唯一の極太尺岩魚(30センチ)なんとこの後網に入れようとした瞬間暴れたこいつに逃げられてしまった

 本日のおかずがそろたっところで沢を下りテント場に戻った。相変わらず雨は止まない。僕らは全身濡れ鼠。普通なら気分も沈みがちだが、ぼくらは魚をさばき、タープの下で火を焚き、着替えもせず宴会に突入する。火は僕らを暖め、次第に衣服を乾かしてくれる。焚き火の力はハンパではない。熱燗を飲みながら次第に気分が高揚する。川魚は生臭いといったい誰が言ったのだろう。ここの源流岩魚は全く生臭くはなく、小林は鯛より美味いという。三枚におろした後のアラはフキと一緒にお汁にしたが、油が非常に上品で甘く、確かに鯛汁真っ青である。塩焼きも最高の出来。

本日の岩魚ちゃん、大きなもので27センチぐらい 逃がした尺岩魚が悔しい

タープを張ってその下で焚き火 根性で火を焚く 

本日の食材、岩魚、きゃらフキ、そして天然クレソン

岩魚の皮はこのように剥く。皮が薄く切れやすいのでこれが一番、ワイルドだろ? 実はまだ生きている。残酷?知るか!

岩魚の塩焼き 串で軽く焼いた後、網で寝かして焼き上げる、肉汁を逃がさずふっくらジューシーに香ばしく焼き上がる、これまた絶品

酢〆岩魚の刺身とアボガドの和え物 天然クレソンと一緒に頂く、絶品!ほんと美味いから

熱燗はビールの缶でつける、文字通り熱缶だ。あーー染みこむんだなこれが

 結局眠りにつくまで雨は止まずも、僕らは沢の音に負けない様にでかい声で冗談を言い、笑い、沢を語り合った。ずぶ濡れの衣類はいつしか乾いてしまった。したたか飲んでシュラフに潜り込んでも雨がフライシートを叩いていたようだが、いつの間にか沢の音の中に自分の存在は消え、気を失うように僕らは眠りについた。

焚き火の脇で一晩経った「焼き枯らし」燻製だから保存が利く。これがまた旨かった。少し残った日本酒で朝からいっぱい、バカ!

 翌朝、端から源流へ抜けようと言う気のない僕らはキャッチ&リリースをしながら、時間の許す限り上流を目指した。天気は回復し、明るい沢は実に気持ちが良い。流れも完全に澄んで楽しいのなんの。思い通りに毛鉤を打ち込んで、狙い通りに岩魚がすっと現れ毛鉤を咥える、この気持ちよさ。美しい大淵に竿を振る自分のなんと格好良く美しい事よ!誰か写真撮ってーーー。だが、今回カメラを持つのは僕だけだった。気の利かないオヤジ達だ。

回復の朝の美しい淵

コヨウラクツツジ

10メートルの滝と大釜 差し渡しは20メートル、深さはおそらく5メートル以上 大岩魚がきっと潜んでいるが、そいつらはなかなか出てこない。

サンカヨウその1

サンカヨウその2 少し苦くて渋いが食べられる

チョウチョの図鑑買わなきゃなあ さっぱりわからん

蝶とオオハナウド もう少し花ビラが開くと高級レースのようで大変美しい

 仕事柄、そう何回も沢登りは出来ないのだが、8月には黒部川上廊下(これはもう15年以上通う僕らのライフワークだ)、9月にはどこか違うとこに行きたい。それともう一本ぐらい。

 沢登りという日本独特の登山スタイル、是非皆さんお試しを。尚、この沢の詳細については絶対に言うことが出来ないので、一切のお問い合わせを受け付けません。悪しからず。