山岳ガイド赤沼千史のブログ

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明神岳日帰り縦走

2014年09月12日 | ツアー日記

明神の岩峰群

9月3日、 午前3時に上高地西糸屋を出発して未だ明けやらぬ岳沢を登る。深い森は静まりかえっていた。風は無く、樹間からは、ちらちら星が見える。僕らの足音も、照らすヘッドランプの光もその深い闇に吸い込まれていくようだった。

 一般登山道から外れて、明神へのルートへ入ると道はいきなり急坂となる。ようやく白み始めた空の気配も、この深い栂の森に光を注ぐまでにはまだまだ時間が掛かりそうだ。ヘッドランプを振っては踏み後を外さぬよう慎重に登った。時に両手で木の根を掴み、時にクマザサをかき分けて闇を登る。

 ようやく明るくなる頃、ぼくらは明神南西尾根に登り上げた。ルートは相変わらず急坂のままだ。だが、ぐいぐい高度を稼ぐ感じが気持ちが良い。本日の行程は上高地を出て、明神岳を縦走し前穂へ登る。そしてそのまま岳沢に下降し上高地に戻ると言うものだ。日帰りの明神岳はそれなりに体力が充実しているメンバーでないと難しいルートだ。長丁場の上、不安定なルートへの配慮も常に要求される。二峰では懸垂下降も必至。更に前穂高岳への大きな登りが待つ。あせってもしかたが無いが、早めに高度を稼げる事は、少なからず僕らに心の余裕を与えてくれた。

 森林限界を超えると、ハイマツと岩の世界となった。それまでの一筋の道は不明瞭となり、これから迎える岩の稜線を行くにはしっかりとしたルートファインディングが必要になる。ここを訪れる多くの人が、それぞれに道を探し、最適と思うルートを歩く結果、踏み後は網の目のように存在して、果たしてどれが正しいのかと言うことは言えないだが、梓川側はすっぱりと切れ落ちた岩壁である。行き詰まれば岳沢側に活路を見つけながら僕らは進んだ。目の前に三峰、二峰、一峰の岩峰群が次第に迫って来る。

五峰にて登山者を導く古いピッケル

シコタンハコベ

二峰を懸垂下降で

 二峰の下降はすっぱり切れ落ちた岩壁である。ここは2ピッチの懸垂下降ポイントだが、ワンピッチ目は梓川側をクライムダウンし2ピッチ目を懸垂下降とした。もちろん滑落は許されないから、ロープ使用は必至である。奈落の底を見ながらの下降は恐ろしくもあり、また楽しくもありなのだ。しかし、わざわざこんな事をしたくて朝三時に歩き始めてここを訪れる。登山者とはかなり変わった人種であると今更ながら思うのだ。

 無事、一二峰間のコルに達するとカップルの対向者とすれ違った。後から知ったのだが、友人の先輩Kガイドとお客さんだった。コルから躊躇無くするするっと登り行くKガイド。まさに熟練の技である。

 コルからガラガラの急斜面を落石を落とさぬよう登り上げて明神岳主峰に到達した。快晴だった空にはガスが沸き、これから進む前穂高岳の姿を臨むことは出来ないが、ここまで来れば気分は大分楽になる。ルートファインディングさえ間違わなければそれほどの困難もなく前穂まで快適に歩くことが出来る。出発から7時間半、ようやくぼくらは前穂高岳に到着した。今回のお客さんは二人の女性だが、お一人は74歳の女性である。急坂を登り上げる頃から少し辛そうだったのだが、その緊張が一気に溶けて、思わず涙の山頂となった。74歳にしてこの自力と登降意欲、頭が下がる。こんな瞬間に出会う時、ガイドって良い仕事だなあと改めて僕は思うのだ。

二峰を登るKガイドパーティー

 暖かな山頂をゆっくり楽しんで重太郎新道を岳沢へ下山した。一般道とは言え決して侮れない道だ。実際今夏も事故が頻発している。この道を下山路として使う人が多いとは思うが、吊り尾根も含めてかなり難易度が高い縦走路であるのは事実だ。実はこの日も下山中、県警ヘリやまびこ号が飛来した。僕らが前穂山頂付近で出会った登山者の救助のためだが、通報から約4時間後のガス巻く稜線でのヘリ救助であった。一つ一つを確実にこなして岳沢まで下る。

イワキキョウ

 この日時間が遅ければ、岳沢ヒュッテに泊まろうと思っていたのだが、お二人のお客さんも快調だったので上高地まで一気に下ってしまった。所要時間13時間。体力に自信の無い方にはテント泊をお勧めする。