山岳ガイド赤沼千史のブログ

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オピネルナイフ

2013年07月04日 | 登山道具考

 僕の愛用のナイフ、フランス製オピネル。非常にシンプルな構造で折りたたみ式。おまけに安価。炭素鉱を使っているのでとても研ぎやすく、いざとなったらそこら辺の石で研ぎあげる事も可能。ステンレスではないので手入れが悪ければもちろん錆びるが、研げば切れ味は最高、背筋がゾクッとする感覚が味わえる。わかる?研げば研ぐほどに愛着が増すのだ。木製の持ち手も柔らかくて心地よい。ステンレスは刃が堅すぎて素人さんに研ぐことは難しく、しかも切れ味もいまいちだと思う。最近オピネルからステンレスの製品が登場したが、あんなもん買ってはいけない。いったいどうしたんだオピネルじいさんよ!炭素鉱が良いに決まってるだろ?あんたが時代に迎合してどうすんだ?

 これはかれこれもう十数年使っているだろうか。いったい、何百匹の岩魚をさばき、何千本の魚肉ソーセージを細切れにしただろうか、こいつは。刃が大分チビてきて安全ロックが効かなくなりそうだ。それでも男は黙ってオピネル炭素鉱なのだ。


13徳本大滝鍋冠縦走7月1、2日

2013年07月03日 | ツアー日記

 上高地へ至る上高地線の島々宿から島々谷を入り徳本峠へいたる道は、現在の国道が出来までは重要な上高地へのアプローチ道であった。ウォルター・ウェストンや、芥川龍之介もここを歩いて上高地に入った。クラシック中のクラシックルートといえる。一方今回の下山ルートは大滝山から鍋冠山を経由し小倉に下るルートだが、こちらの歴史も古く、播隆上人はここを通り槍ヶ岳を目指した。岩魚止小屋は現存する最古の山小屋で、大滝山荘は歴史的に日本最初の山小屋ではないかという説もある。今回歩くのはこの二つのルートを繋ぐ、余りにも渋いコースである。

 踏みならされた道には趣がある。島々谷は沢筋の道だから、斜面のトラバースなど不安定な場所もあるが、所々に残る石垣やら、炭焼き釜のあとやら、新しく出来た道には醸し出せない風情というものがある。戦国時代飛騨松倉城主三木秀綱の妃がここまで逃れ来て島々村の杣びとに打ち殺されたという秘話が残る。

ウワバミソウ(夏でも食べられる山菜、たたくとヌルミがでる)

 この時期の沢筋の道は全てがしっとりとして深い緑に包まれている。真夏は眩しすぎて植物もその身に鎧をまとい、必死に自らを守ろうとしている様に感じるが、この梅雨の時期はみんなまだリラックスして渾然一体となっている様に感じる。

ヤマドリタケモドキとしたら一級品、アシベニイグチとしたら有毒、どっちだろ?

 柳が綿毛を飛ばしている。それも尋常な量ではない。ひと塊もあるようなものをぼたぼたと落としている。一本の木の綿毛を全て集めたら、掛け布団が一枚出来上がりそうだ。

柳の綿毛(茶色のつぶつぶが種)

 岩魚止橋を渡ると岩魚止小屋だ。現存する最古の山小屋。山小屋というよりは、まさしく杣屋と言った風情だ。入り口の板戸には手打ちの釘が使われていて、おそらく、建物自体大正以前の物だろう。現在残念ながら営業はしていない。かつては、この小屋の囲炉裏から島々谷へ煙がたなびいていた。

岩魚止小屋

岩魚の叩き板(いいなあ)

カツラの葉

 僕は桂の木が好きだ。形の整った丸い葉が整然と並んだその枝は日の光を透かして何とも清々しい。これが秋になって黄色く色づき枯れ葉となれば、まるでカラメルか綿菓子のような甘い香りを放つようになる。ここの桂は幹周り10メートルぐらいありそうな巨木である。

ショウキラン

オオバギボウシ

コケイラン

 岩魚止小屋からワンピッチ行ったところで休息をとると、オコジョが姿を現した。石ころの間や、木の根元の穴を行ったり来たり、出たり入ったり忙しく動き回る。オコジョの写真を撮るのはかなり難しいことだが、今回3枚だけまともな物が撮れた。肉眼ではわからない表情や指の形も何とも可愛い。誰が見ても可愛い。森の中をひたすら歩く今回のコースの中で一番興奮したのは、なんとこのひと時だった。

オコジョその1 かわいいのなんの

オコジョその2 みてよこの手。ピアノ弾かせたい

オコジョその3 バッチリカメラ目線

 オコジョは肉食獣だから、虫や、ネズミや、蛙や、蛇を食べているのだろう。僕の友人がオコジョが野ウサギを追いかけ回しているのを見たことがあると言っていた。可愛い顔してやるね、お前。

 虫たちの活動も活発で、いろんな虫を見かける。ある種の人は、虫と聞いただけで気持ち悪いと考え、何も見ることさえしない人もいるが、イモムシやなんか何もしないのだから先ずよーく見てみれば、その美しさや、可愛らしさも見えてくる。ルーペを持ち歩くと虫も花も魅力的な鑑賞対象になる。写真もいいね。マクロワールドは緻密で美しい。

 

虫には詳しくありません、ごめんなさい

 道が沢から離れ、ジグザグに斜面を登るようになれば徳本峠小屋に到着だ。早い時間の到着だったが、しばらくすると雨が降り出した。その後雨あしは強まり土砂降りになる。この小屋は10年ほど前に新築されたが新築反対運動があって、古くからの小屋を残す形で立て替えが行われた。上手いこと風情を残してあり、最近大人気で完全予約制である。僕は今回予約無しでここに来てしまい何とか頼み込んで泊めて頂いた。面目ない。我々は雨の音を聞きながら旧小屋で眠らせて頂いた。

カツラの葉その2

 翌朝は午前5時に出発し、殆ど展望の利かない樹林をひたすら歩く。とは言え、ここの森は北アルプスには珍しく笹や灌木類が少なく、まるで南アルプや秩父の山を歩いているような趣がある。森の中でも視線は意外と遠いところに求められるし、苔むした林床にはマイヅルソウや、タケシマラン、ツバメオモトやゴゼンタチバナなどが目立ち目に映る物は心地よい。時々現れる湿地にはキヌガサソウが見事だった。

キヌガサソウ

 期待していた槍見台でも殆ど何も見えず、僕たちは森をひたすら歩く。大滝南峰のお花畑で視界は一気に開けたが、僕はここで期待していたある物を見つけられなかった。いくら探し回っても見つけることが出来ない。僕は天然のそれを、ここでしか見たことがなくて、今回も一番の楽しみにしていた物なのだが、どこにも見あたらない。いったいどうなってしまったのだろう?気分は晴れない。

ハイマツの花

 大滝山から八丁ダルミを下り、鍋冠山へ。超マニアックで地味なこの山は山頂も実に地味だ。とは言え僕の家の窓から眺めることが出来るのは、常念岳でも燕岳でもなくこの鍋冠山であり大滝山なので、個人的に特別な愛着みたいなのがあって、この山の森が深く静かなのは僕の誇りだ。

 この界隈は歩く人も少ないのだが、道は地元の有志によって良く整備され森は美しい。冷沢からは2キロほど林道を歩き、事前に回しておいた我がハイエースに乗り込む。三郷室山荘にて入浴、松本駅解散。良く歩いたね。近代的な物を目にせず、タイムスリップ的なノスタルジーに浸れる大人のルートである。