開港150年を迎えた神戸港に5月、またも海を渡って招かざる客がやってきた。強い毒を持ち、「殺人アリ」との異名を持つ南米原産のアリ「ヒアリ」だ。過去にも国内初の女性エイズ患者や、新型インフルエンザの国内初感染が確認された港町・神戸。国内で初めて上陸が確認された外来生物に、発見現場近くの幼稚園では砂場の使用を禁じるなど、市民生活に影響も出始めた。ヒアリの侵入を水際で食い止めることはできたのか。識者によると、結論が出るのは来春だという。
ヒアリが国内で初めて発見されたのは5月26日。兵庫県尼崎市の臨海部でコンテナから工業製品などの積み荷を取り出す際に、数百匹のコロニー(集団)が見つかった。コンテナは消毒され、発見されたアリはすべて死滅。環境省はこの時点では「外部に他の個体が逃げ出した可能性は低い」としていた。
だが、その期待は裏切られる。6月16日、ポートアイランドのヤードの舗装の亀裂3カ所で、新たに約100匹が見つかったのだ。発見された地点は、コンテナが中国・広州市の南沙港から5月20日に神戸港へ到着した後、尼崎市に運び出される25日まで一時保管されていた場所とは、わずか20メートルほどしか離れていなかった。
コンテナが保管されていた6日間に、ヒアリはすでに外部へ逃げ出していたのでは-。市民の不安を反映するかのように、神戸市のテレホンセンターには開設から10日間で181件の相談が寄せられた。
米国で年間100人の死亡例
ヒアリは赤茶色で体長2・5~6ミリ。南米原産だが、貨物に紛れ込んで港や空港から侵入する。米国や中国、フィリピン、台湾などではすでに外来生物として定着している。日本では平成17年、特定外来生物に指定され、侵入への警戒が続けられてきた。
ネズミや爬虫類(はちゅうるい)など小さな生物なら集団で襲いかかり、食い殺すほどの攻撃性が特徴。米国では、生まれたばかりの子牛を食い殺したという調査結果もある。
腹部の毒針で刺されるとやけどのような激痛の後、目まいや動悸(どうき)などの症状が出る「アナフィラキシーショック」(免疫の過剰反応)が引き起こされることがある。重症化すれば呼吸困難や意識障害により死亡することもあり、米国では年間約100人の死亡例が報告されている。
ヒアリの生態調査で訪れた台湾で、蟻塚を掘り起こしている最中に刺された経験がある九州大の村上貴弘准教授も、アナフィラキシーショックに陥った。
目まいや吐き気、動悸といった症状が出たほか、瞳孔が収縮して目が見えにくくなったという。「私の場合は数十分程度で回復して作業を再開できたが、症状には個人差がある。万が一刺されたときには、早急に医療機関を受診するようにしてほしい」と訴える。
初期の封じ込めは成功か
村上准教授によると、一般的に街中でよく見かけるクロヤマアリやクロオオアリの場合、巣に女王アリは1匹しかいないが、ヒアリの場合は数十匹~100匹程度いる。1時間あたり約80個、1日に換算すれば約2千個の卵を産むことができるため、繁殖能力は極めて高い。
しかも在来種のアリとは異なり、巣として直径25~50センチ、高さ15~50センチの蟻塚を作る。深さは地中1メートルを超えることもあり、通常の殺虫剤では成分が届かず、完全に死滅させるのは難しい。
米国ではかつて駆除のために大量の農薬散布が行われ、その様子は化学物質による環境汚染を訴えたレイチェル・カーソンの「沈黙の春」にも描かれた。しかし駆逐することはできず、現在では農作物や家畜の被害、駆除費用などの経済的損失は年間5千億~6千億円に上るという試算もある。いったん定着してしまえば根絶するのは難しいのが現実だ。
だが今回、コンテナ内で見つかったヒアリのコロニーには卵や幼虫も含まれていたが、すべて駆除されている。ヤードで見つかった約100匹に、女王アリや幼虫はいなかった。国立環境研究所生物・生態系環境研究センターの五箇公一(ごか・こういち)室長は「ラッキーなことに侵入初期の段階で見つけられた」と評価。一方で「危機一髪で封じ込められたと思うが、一部が逃げ出した可能性は否定できない」とも指摘し、今年度内はヤード周辺の緑地や植え込みで調査を続けるよう神戸市と環境省に助言したという。
園庭遊びは中止に
ヒアリが発見されたヤードはふだん港湾関係者以外の立ち入りが禁止され、住宅地や商業地からは離れている。しかし、島内の住民らの不安は払拭できていない。
発見場所から1・5キロ近く離れた市立港島幼稚園では、園内にヒアリの写真を掲示。砂場をしばらく使用禁止にし、園児を園庭ではだしで遊ばせない対策をとった。認定こども園ポートピアでも、園児が植え込みに近づかないようロープを張り、はだしにならないようにスタッフらと注意して見守っている。
同園の女性園長(60)は「安全確保のために対策を取るのは仕方がないが、いつまではだしを禁じたらいいのか、いつ好きなように虫を捕まえてもいいといえるのかという判断に困るのも事実。園庭遊びは幼児教育には非常に重要なため、長く制限することだけは避けたい」と複雑な胸中を明かした。
一方、ポートアイランドに近いホームセンターではアリの駆除関連商品が例年の3倍の売り上げとなり、港湾業者からの注文が相次いでいるという。
毒グモの悪夢再び?
ヒアリのように毒を持った外来生物が国内に定着した例として思い起こされるのが、オーストラリア原産の毒グモ「セアカゴケグモ」だ。国内では平成7年、海外から運ばれてきたコンテナに付着してきたとみられる個体が大阪府高石市の臨海部で初めて確認された。その後、すでに各地で大量に生息していたことが判明し、27年9月までに41都道府県で確認、一部では定着している。
毒こそないもののヒアリと同様に南米原産の特定外来生物「アルゼンチンアリ」も、5年に広島県で初めて発見された後、12都府県で定着し、生態系への影響が懸念されている。
ヒアリの調査の過程では6月20日、同じ毒アリで北米南部・中米原産の「アカカミアリ」約100匹も、ヤードのヒアリ発見場所から約120メートル東側で見つかった。ヒアリに比べれば毒性は低いとされるが、刺されれば同様にアナフィラキシーショックを起こす可能性がある。
国内ではすでに沖縄県の米軍基地周辺や硫黄島(東京都)で定着しているほか、貨物船のコンテナから見つかった例はあるが、屋外で見つかったのは離島以外では初めてだった。
それからわずか3日後の23日、フィリピン・マニラから大阪市住之江区の南港に到着したコンテナ内からアカカミアリ3匹を発見。26日には南港のコンテナ保管場所でも2匹が見つかるなど捕獲が続いている。
一方、愛知県は30日、名古屋港の鍋田ふ頭コンテナターミナル(愛知県弥富市)で27日にヒアリが見つかったと発表した。コンテナ外壁に7匹がいたという。コンテナは中国・広州の南沙港から到着した貨物船に載っていた。
「社会全体として駆除を進める対策を」
ヒアリもアカカミアリもすでに国内に侵入、拡散している恐れはないか。
国土交通省は全国125の重要港湾を管理する自治体に緊急点検を要請し、ヒアリは確認されなかったとしたが、目視での点検を行ったのは、ヒアリが見つかったコンテナが出港した5月15日以降に南沙港から運び出された貨物の取り扱いがあった12港湾だけだ。
村上准教授は「貿易自由化で輸入品が増えている今、外来生物の侵入を水際で完全に食い止めるのは現実的に無理だろう」と指摘した上で、こう提言する。
「港湾関係者だけでなく、一般市民にも人命にかかわるような外来生物の知識を普及し、社会全体として駆除を進めるような対策が必要ではないか」