西尾治子 のブログ Blog Haruko Nishio:ジョルジュ・サンド George Sand

日本G・サンド研究会・仏文学/女性文学/ジェンダー研究
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会員研究発表会(日仏女性研究学会 :恵比寿日仏会館2014.7.12)  

2014年08月23日 | 女性学 
 
 松本伊瑳子氏の男子学生たちの現状認識の変容に関する発表の結論は、非常に現実的で説得力がありました。大学の講義と学習者のグループ学習を通し、学生達の多様な局面における意識の変容をみたとする実践に基づいた研究発表だった訳ですが、教師の教えるモチベーションと学生たちの自主的な学習が信じがたいほど大きな成果を収めた、極めて深い教訓と示唆に富んだ内容でした。ジェンダーという言葉を一言も使わないにもかかわらず、授業の回数を重ねるごとに、少子化問題、パリテ、パックス、子育て支援、ワークライフバランスといった問題に対する若い男子学生たちの姿勢が受け身から能動的なものに変容し、国を変えていくことや政治に参加することの重要性を学生達が自らの言葉で表現するまでに至ったとする知見は、実践と事実を土台しているだけに非常に説得力があり、大変な勉強になりました。

 また、目黒ゆりえ氏の「現代の母親たちは何を考えているか」を主要テーマとする発表も、子供をもつ20代から40代の首都圏および地方在住の母親たち75名にアンケートを実施し、彼女たちを取り巻く現状をデータ化した実践的な内容を包括しており、母親たちの苦労や苦悩を可視化している点で独創的かつ有意義な発表だったのではないかと思います。
 二つの発表はNHKの報告の結論を補完するものです。メディアは、生半可な結論に小さく自己完結し充足してしまう閉じられたトポスで時代に遅れた憶見に基づいて草案された机上の理想論からは即脱却し、世界の最先端をゆく知的人間的に高度なレベルの報道精神をもってして、現実に女性達が地道な努力をすでにスタートさせ成果を上げている、このような研究発表を嚆矢とする事例を広範に取材し、ジェンダー発展途上国の古びた意識の根本的な変革を目指すべきではないかと感じた次第です。

 このほか、本会では、鳴子博子氏のルソーの女性観と国家論を中心に戦争と女性の問題を論じた、大きなパースペクティヴのもとにダイナミックに構築された発展的な研究発表がありました。サンド研究者にはよく知られているように、ジョルジュ・サンドは、自らを「ルソーの娘」と称していました(『我が生涯の記』)。ルソーはアンチフェミニストと見なされがちですが、果たしてその通りだったのか。本人に女性的なところがあったと指摘されている通り(Cf. 『告白』)、ルソー自身は女性を二義的な存在とは考えてはいなかったように思われます。『エミール』の中でも、男女は異なる性ゆえにそれぞれの教育が必要であり、両性がお互いに足りない部分を補完し合うべきだと述べています(18世紀の科学者たちの見解を反映する当時の二元論的な性補完論)。したがって、決してモリエールのように女嫌いで女性蔑視的な考えを持っていたわけではなく、国の行く末を第一に考えていた思想家であることを、今回、私自身のこれまでの稚拙な研究を振り返りつつ、深く学ばせて頂きました。

 さらに、リオン大学で日本語と日本文学について教鞭を執っておられる細井綾女氏の、フロイト、ラカンの精神分析やクリステヴァの母の理論を涵養した三人の韓国人作家の作品分析を基軸とした発表は、稀少かつ非常に含蓄のある内容でした。発表を拝聴しながら、韓国の女性監督、呉美保による映画「そこのみにて光輝く」(2014)を思い浮かべていました。この映画にもまた、切迫した現実と超えがたい不条理や男女の性愛が描かれており、母なるアブジェが娘を通して、三人の作家とは違う形で、しかしながら同じ問題に通底する不可視のテーマを表象していると思われたからでした。このような韓国人作家の作品分析は、刺激的な斬新さを内包している点で極めて貴重であると感じました。

 それぞれの発表に関しコメンテーターによる解説のあと、発表者と参加者間でも活発な質疑応答が交わされました。今年の会員研究発表会は、教育学、政治学、哲学、社会学、精神分析、文学といった多様な領野の横断領域的な視点から現代のジェンダーの問題を照射した点で、重層的かつ示唆に富んだ、非常に画期的な研究会であったというのが私の率直な感想でした。
 
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付記
ちなみに、呉美保監督の「そこのみにて光輝く」(2014 主演:綾野剛、池脇千鶴)は、2014年9月2日、第38回モントリオール世界映画祭にて、最優秀監督賞および最優秀作品賞を獲得しました。モントリオール世界映画祭とは、世界三大映画祭と肩を並べるアメリカ最大級の国際映画祭なのだそうです。

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