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「女性文学」は、広義の解釈では、女性によって書かれた文学を意味する。
しかし、男性主導の文化の中で二次的な位置を占めてきた女性の創作作品には、女性独自の視点が捉えた経験や現実が描かれており、そこにはしばしば、これまで不可視であったものを可視化したいという強い欲求が根付いている。この点で、もし「女性文学」が「男性文学」と併置されるとするなら、概して「女性文学」は「男性文学」とは明らかに異なるといえるだろう。近代は、小説の興隆に伴いフェミニズム意識の高まりが席巻した時代でもある。こうした流れの中で、多くの女性作家が輩出されてきた。
『日本女性文学史』は、女性作家と「女性文学」がどのような変遷を辿ったかを明らかにしている。以下はその覚え書きである。
<覚え書き>
中島湘煙は、女権家として「女権論」を展開した
三宅花圃は小説『薮の鶯』によって最初の女性作家として登場
文学界で頂点を極めた樋口一葉の没後、時代を画した与謝野晶子の『みだれ髪』が女性文学の活況期を招来
田村俊子、大塚楠緒子が現れ。『青鞜』の創刊が女性の新時代の到来を予告、女性解放思想誌の色彩を強めた
大正期は『種蒔く人』に神近市子や『処女土』に鷹野つぎ、といった女性作家が活躍
昭和期の文壇はプロレタリア文学の全盛期であった
第一次世界大戦後の物価騰貴は女性を家庭から職場へと引き出し、昭和恐慌がそれに拍車をかけた
女性像は大きく変容し、無産階級の女たちの群れが登場する
林芙美子の『放浪記』、佐多稲子の『キャラメル工場から』に女工や女中が描かれる
昭和の女性文学は階級への自覚から出発する
やがてジェンダーによる抑圧や疎外の剔抉と、ジェンダーを逆手にとって現実を超越しようという試みに辿り着き、それらは二つの流れとなって戦後に至る
おおかたの作家は非常時体制下においてなんらかの言論統制を受けつつ戦争の終結を待った
戦前に弾圧された左翼系の作家たちは再出発し、「新日本文学」が創刊され、宮本百合子がその中心的存在となる
その他、大田洋子や藤原ていなどの作品を代表される原爆文学、引揚者文学が現れる
そして、文壇全体に新しい世代が参入し、新しい性感覚による若者たちの性行動をいっせいに書き始める
昭和末期は、娘、妻、母、恋愛、結婚、母性といったこれまでの女性にかかわる文化から脱出して、むしろ男性文化に接近する
高橋たか子文学はその典型
近代家族の解体や性差なきポストモダンを文学的主題とする作家は未だに活躍している
『日本女性文学史』岩淵宏子、北田幸恵編著、ミネルヴァ書房、2005年 より
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北田 幸恵 (著)
『書く女たち―江戸から明治のメディア・文学・ジェンダーを読む』
単行本: 403ページ
出版社: 學藝書林 (2007/06)
『フェミニズム批評への招待―近代女性文学を読む 』
岩淵 宏子 (編集), 高良 留美子 (編集), 北田 幸恵 (編集)
単行本: 330ページ
出版社: 學藝書林 (1995/05)