漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

百日咳の咳を漢方で止められるか?

2024年12月10日 07時46分56秒 | 漢方
現在、マイコプラズマが流行しています。
小児科である当院では、
兄弟が同じような咳込みで受診される例が後を絶ちません。

私はこんな風に説明しています。
「ふつうの風邪の咳は3〜4日目がピークで、その後だんだん治まってきます」
「3〜4日目以降も咳がどんどん悪化する勢いがあるときはマイコプラズマなどを疑います」
「熱が出ない場合もありますので、咳の勢いが強いと感じたらまた来てください」
そして再診時、マイコプラズマをターゲットにした抗菌薬を処方します。

ずっとこんな感じでやってきました。
マイコプラズマの迅速診断も用意してありますが、
いかんせん陽性率が5〜6割と低いため信頼できず、
あまりお勧めしていません。
もちろん、強い希望があれば検査しています。

咳嗽が強くてつらい場合は漢方薬の併用を提案します。
乾いた咳、痰の切れない咳なら麦門冬湯
痰がらみの咳、ゼロゼロ感があるときは五虎湯

顔を真っ赤にして咳き込む、咳き込んだ勢いで嘔吐する場合は、
乾いた咳なら、越婢加朮湯+麦門冬湯
湿った咳なら、越婢加朮湯+半夏厚朴湯
を処方します。
この組み合わせは「越碑加半夏湯」と呼ばれ、
ある漢方専門家は“最強の漢方咳止め”と紹介していました。

さて、頑固な咳は百日咳の場合もあります。
“咳嗽発作”と呼ばれる止まらない連続咳嗽と(staccato)、
咳が終わった後に息を吸い込むときにヒューッと音がする(whoop)が特徴です。

実は、マイコプラズマと百日咳に有効な抗菌薬は共通しており、
マクロライド系という種類です。

百日咳の咳嗽発作に効く漢方薬の記事が目に留まりましたので紹介します。

<ポイント>
・百日咳の咳嗽を止める治療法として確立されているものは、世界的に見ても皆無で、西洋薬の気管支拡張薬、去痰薬、中枢性鎮咳薬(コデインリン酸塩など)などは無効。AZMとコデインリン酸塩の併用では咳は止まらない。
・咳が出始めてからの抗菌薬投与は、他者への感染予防にはなっても、患者本人の咳を止めることはできない。
・漢方薬治療(竹茹温胆湯を基本とし、必要に応じて麦門冬湯を併用)によって、発症1週間以内であれば1週間で、発症10日を超えた場合でも2週間以内には、百日咳の咳嗽を止めることが可能。
・漢方薬は咳が完全に止まるまで内服を継続しないと再発してしまう。
・発症1週間以内の百日咳の場合、60~70%の症例では竹筎温胆湯とAZMだけで3日以内に咳を3/10以下にすることができ、1週間以内に内服を終了させることができている。不思議なことに、麦門冬湯を最初に投与した場合には薬効を認めず、竹筎温胆湯の効果が限定的な時に麦門冬湯を追加することで、その薬効が初めて発揮される。
・発症から10日以上経過した症例では、最初から竹筎温胆湯と麦門冬湯の漢方2剤とAZMを併用する。
・2歳以上5歳未満の症例では麦門冬湯単独で治療が可能で、5歳以上~成人では竹筎温胆湯が主流。

紹介記事では、竹茹温胆湯を提案しています。
これは「咳が続いて不眠状態になったとき」に使用するイメージの方剤です。
ポイントは「気分が落ち込んで不眠状態」です。
子どもではあまり使用経験がありません。


▢ 漢方で百日咳の咳嗽を1週間以内に止める!
松田 正(みさとファミリークリニック院長)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 現在、百日咳の咳嗽を止める治療法として確立されているものは、世界的に見ても皆無です。西洋薬の気管支拡張薬、去痰薬、中枢性鎮咳薬(コデインリン酸塩など)などは無効です。カタル期のマクロライド系抗菌薬の投与がほぼ唯一の治療法ですが、咳が出始めてからの抗菌薬投与は、他者への感染予防にはなっても、患者本人の咳を止めることはできません
 現在使用されている百日咳ワクチンの効果減弱によって、百日咳は先進国においても再興感染症となっており、0歳児にとってはいまだに致死的疾患であることに留意が必要です。当院の研究では、百日咳は決して特殊な珍しい疾患ではなく、コモンディジーズといえるレベルで流行していることが判明しています(関連記事:発熱外来の受診患者、最も多いのは百日咳!)。
 当院では、百日咳抗体IgM(M抗体)と百日咳抗体IgA(A抗体)を用いて百日咳を早期診断し、早期治療に結び付けています。その際に使用する漢方薬が竹筎温胆湯で、必要に応じて麦門冬湯を併用します。漢方薬治療によって、発症1週間以内であれば1週間で、発症10日を超えた場合でも2週間以内には、百日咳の咳嗽を止めることが可能です。
 なお、百日咳は聴診上の著変がないため、咳の鑑別診断には呼吸機能検査を行います。東北大学教授の黒澤一氏らが開発した(強制)オシレーション法のモストグラフや、呼気一酸化窒素濃度測定器が有用で、これらはいずれも重宝している呼吸機能検査です。「開業医の必須アイテムは漢方薬とモストグラフ」というのが私の持論です。
・・・
 発症1週間以内の百日咳の場合、60~70%の症例では竹筎温胆湯とAZMだけで3日以内に咳を3/10以下にすることができ、1週間以内に内服を終了させることができています。・・・3日目までに十分な薬効を認めない場合には、麦門冬湯を追加すると相乗効果で咳がすぐに止まります。
 不思議なことに、麦門冬湯を最初に投与した場合には薬効を認めず、竹筎温胆湯の効果が限定的な時に麦門冬湯を追加することで、その薬効が初めて発揮されます。言わずもがな、AZMとコデインリン酸塩の併用では咳は止まりません
 発症から10日以上経過した症例では、最初から竹筎温胆湯と麦門冬湯の漢方2剤とAZMを併用します。咳嗽が1カ月以上続いている百日咳(PT-IgG抗体が100EU/mLを既に超えているような症例)では、既に百日咳菌はいないためAZMは使用せず、竹筎温胆湯と麦門冬湯のみを処方します。まれに(約5%程度の症例では)コデインリン酸塩の併用が必要な場合もあります。
 最近1年間の百日咳の漢方治療においては、2歳以上5歳未満の症例では麦門冬湯単独で治療が可能で、5歳以上~成人では竹筎温胆湯が主流となっています。5、6年前までは成人の百日咳でも、麦門冬湯単独での薬効をある程度認めていたのですが、最近の百日咳には全く効果を認めなくなっており、百日咳菌の変異(約3年ごとに起こるとされています)を疑っています。菌の変異に対しても漢方薬治療が対応できていることは、漢方薬が決して古くさい薬ではなく、現代にも十分適応できている証左かもしれません。
 家族内感染の場合、1人の確定診断が付いていれば、その後に発症した家族などには検査をせずに、AZMと漢方薬による治療をすぐに開始できます。この場合も、「漢方薬によるprobing technique(探りを入れる方法)」(関連記事:急性期こそ漢方の出番!治療的診断も可能)を用いることができ、薬効があれば百日咳と推定することが可能です。
 なお、0歳児で百日咳の疑いがある場合、開業医で診るのは難しいため、親御さんや兄弟が百日咳と診断された後に0歳児に感冒症状が出たら、すぐにその情報を基に地域基幹病院の小児科に紹介しています。0歳児の鼻汁・鼻閉には麻黄湯(まおうとう)がとても効果があり、周囲の百日咳感染が不明な場合、麻黄湯を2日間使用するというprobing techniqueを用いています。改善がなければ、ただのかぜではないという判断で病院に紹介します。0歳児への漢方の飲ませ方にも裏技があり、例えば生後1カ月で鼻が詰まっておっぱいが飲めない場合、麻黄湯を頬の内側に付けて母乳を飲ませることで強制的に内服させるという方法があります。麻黄湯の詳しい使い方は、また別の回でご紹介します。
 長引く咳の患者で百日咳の可能性が疑われる場合は、ぜひ竹筎温胆湯による診断的治療を試してみてください。読者の先生方との議論を通して漢方治療をより良いものにしていきたいと思っていますので、試してみたら奏効した、うまく使いこなせなかったなど、どんなご意見でもコメントいただければ幸いです。

▶ POINT
・発症1週間以内の百日咳の場合、竹筎温胆湯とアジスロマイシン(AZM)で1週間以内に咳を止められる。
・3日目までに十分な薬効を認めない場合には、麦門冬湯を追加する。
・発症から10日以上経過した症例では、最初から竹筎温胆湯と麦門冬湯の漢方2剤とAZMを併用。
・咳嗽が1カ月以上続いている百日咳では、竹筎温胆湯と麦門冬湯のみを処方する。

【参考文献】
1)松田正. 竹筎温胆湯を用いた百日咳のせき治療, および百日咳の早期診断法の実践. 漢方と最新治療. 2020;29(3):187-94.
2)松田正. 発熱トリアージ外来(発熱外来)における百日咳流行と「咳のない百日咳」に関する報告. 感染症学会誌第95巻臨時増刊号 2021;95:313.
3)Matsuda, T. Early Detection of Bordetella Pertussis and Bordetella Parapertussis Infection with Pertussis Antibody Ig-M, Ig-A, and IgM/IgA Ratio. Am J Respir Crit Care Med. 2019;199:A6161.
4)Matsuda, T. Kanpo medicine (Japanese Traditional Medicine) Could Terminate Coughing Induced by Bordetella Pertussis and Bordetella Parapertussis Infection Within 2 Weeks. Am J Respir Crit Care Med. 2020;201:A3908.
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