当院は小児科開業医です。
小児科はこどもの病気一般を扱いますが、
外科系(ケガや手術)などは扱えず、
「小児内科」と呼ぶ方が正しいですね。
そして昨今増えてきた“こころの問題を抱える子ども”。
これは内科というより精神科の分野なので、
やはり従来扱ってきませんでした。
では精神科で診療してもらえるのかというと、
どうやらそうでもなさそうです。
精神科や心療内科に中学生が受診すると、
「高校生からです、
中学生以下は診療していません」
と門前払いに会うことがほとんど。
その専門医の数はとても少ないようです。
しかし「小児科」はこどもの病気の入口として(外科以外)何でも診療していますので、
「精神科」も子どもを診てくれてもいいのでは、と思ってしまう私です。
というわけで、中高生の“こころの問題”を抱えて困っている患者さんが、
全国にたくさん彷徨っているという状況です。
さて、当院の取り組みですが...
年齢別に考えると、以下のようになるでしょうか。
(乳児期)夜なき
(幼児期)睡眠障害、かんしゃく・こだわり、パニック、落ち着きのなさ
(学童期)同上
(思春期)同上、月経前症候群(PMS)
(幼児期)睡眠障害、かんしゃく・こだわり、パニック、落ち着きのなさ
(学童期)同上
(思春期)同上、月経前症候群(PMS)
すべてに対応できるわけではなく、
また心理師はいないのでカウンセリングもできませんが、
効果を実感して通院する子どもが最近増えてきました。
そんなタイミングで以下の記事が目に留まりましたので紹介します。
米国では“思春期の抑うつ”を主訴とする患者がプライマリ・ケアと精神科を受診した際、
寛解率に差がなかったという内容です。
日本の現状を考えると、ちょっと想像できないこと。
おそらく医療事情が大きく異なるのでしょう。
それとも米国では、小児科医が精神科の研修も受けている?
■ 思春期の抑うつ、対応は小児科?精神科?〜重症度や寛解率を比較
思春期の子どものうち20%程度が「抑うつ」を経験するとされる。これは自殺行動にもつながる重要な公衆衛生学的な問題だが、思春期はそもそも精神科へのアクセスに消極的という課題がある。そのためプライマリケア環境で「抑うつ」の評価と治療を行い、必要に応じて精神科の助けを受けることが推奨されている。
成人では、抑うつを主訴に受診する患者の重症度はプライマリケアと精神科で同程度であり、同一のケアを提供した場合、寛解率に差がないことが報告されている(STAR*D研究)。これはプライマリケアが専門的治療の良い代替になりうることを示唆するが、思春期の抑うつに対し小児科が同様の役割を果たせるかは明らかでない。そこで今回、小児科と精神科で思春期のうつ病治療を比較した米国の研究を紹介したい(J Child Adolesc Psychopharmacol 2024; 34: 80-88)。
ちなみに、医療インフラは日本や米国では民間を中心に形成されているのに対し、英国では英国保健サービス(NHS)を中心に家庭医(GP)の配置を行う政府管理システムを構築している。また、日本と同じくフリーアクセスを採用していたフランスは、2005年にかかりつけ医(Médecin Traitant)制度を導入し、登録を国民に義務付けることでプライマリケアを強化している。
国の医療システムがどの程度プライマリケア提供を支援しているかを示す指標(プライマリケアスコア)は、日本は経済協力開発機構(OECD)加盟国平均を下回っており、特に「プライマリケアを提供する医療者の地理的配分がどの程度計画、調整されているか」および「longitudinality(患者登録/患者パネル)が存在するか」の項目で低いことが示されている(Health Serv Res 2003; 38: 831-865)。
▶ 研究のポイント:抑うつの寛解率は同等も、小児科を訪れる患者で軽症傾向
今回の研究は、うつ病のスクリーニングと測定ベースのケア(measurement-based care;MBC)によるプライマリケアモデルであるVitalSign6プログラム(Pharmaceuticals 2019; 12: 71)の評価プロジェクトの一環として実施された。治療期間、小児科と精神科のいかんにかかわらず、さまざまな主訴で大都市の子ども病院を受診した3,498例に対しPatient Health Questionaire(PHQ)-2(0〜6点)を用いてスクリーニングを行い、2点以上だった患者1,323例(平均年齢14.3±1.9歳)を抽出。PHQ-9(0~27点)を実施し、10点(中等度のうつ)以上の患者のプロファイル、治療内容、経過について小児科(121例)と精神科(495例)を比較した。
検討の結果、精神科を訪れた患者は小児科を訪れた患者と比べ、抑うつの重症度(15.9±5.0点 vs. 12.1±5.5点)、大うつ病性障害と診断される割合(60.6% vs. 24.7%)、薬物療法が提供される割合(54.8% vs. 6.6%)が多く、精神科医と比べて小児科医は、薬物を使用せずに治療する割合(4.3% vs. 36.3%)、他院に紹介する割合(5.7% vs. 27.7%)が高かった。そして興味深いことに、寛解率では精神科と小児科で有意差を認めなかった(χ2=0.99、P=0.32)。
私の考察①:プライマリケア環境としての小児科は、精神科の良い代替になりうる
本研究が実施された米国と日本では、患者側の医療へのアクセスの容易さや、経済的な負担が異なり、医療者側としても費やせる時間(と、おそらく提供される医療の質)が異なるため、結果をそのまま当てはめることはできない。とはいえ、重度ではない思春期の抑うつに対し、プライマリケア環境としての小児科が、精神科の良い代替になりうる可能性が示されたことは意義深く、日本における思春期医療の政策的な課題を考える上でも示唆に富む。
日本における10〜19歳の自殺者数は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延に伴って増加した。成人の自殺者数が大きく増加した日本列島総不況(1998年)、リーマン・ショック(2009年)では、19歳以下の小児・思春期への影響は乏しかったが、COVID-19では成人とともに増えたのである。
特に女性でその傾向が顕著であり、経済的理由以外では社会的つながりの希薄化などが大きく影響したと推察される。ちなみに10歳代の日本における死因第1位は自殺であり、主要7カ国で唯一である。また、10歳代の自殺死亡率はフランス、英国、ドイツ、イタリアの3〜4倍程度である(厚生労働省「令和5年版自殺対策白書」)。
私の考察②:精神科へのアクセスはハードル高く、支援は不十分
本研究の土台となるVitalSign6プログラムでは「抑うつ」というある程度定量化が可能な指標を用いてスクリーニングおよび介入がなされているが、小児・思春期はライフステージ(学校の各段階)や、立場(社会との接点)ごとで状況が大きく異なり、認識できるつらさの対象(友人関係・家庭環境・いじめ・学業など)もさまざまであることから、一元的な対策で全体効果を得ることは難しい。
そのため、子どもが接する社会単位ごとの取り組み(学校での自殺予防教育の導入、スクールカウンセラーの配備など)がなされ、周辺者らが利用可能な危機察知ツールの開発なども用いて、受け止め・つなげる支援体制の構築が広がりを見せている。しかし、つながり先としての精神科へのアクセスは、心理的にもリソース的にもハードルが高く、「生きにくさ」や「しんどさ」を抱えた小児・思春期への支援は十分ではない現状がある。
一方、小児科臨床医は既に1万8,000人ほどおり、ワクチンや健診を通じて親子に接する機会も確約されている。小児・思春期はこころの葛藤が身体化しやすく、初期には高率で小児科を訪れている。抑うつが重度ではなく、まだ死が強く意識されていないこの前段階で小児科が適切な介入を行い、限られた高リスク患者のみを精神科につなぐ構造的合理性について、本研究の結果は支持するものといえる。
私の考察③:日本における小児科の課題を解消し、良い受け皿として機能させたい
とはいえ、感染症診療を中心とした薄利多売を求められる日本の小児医療構造下で、この負担を一方的に押しつけることは現実的ではない。おそらく「生きにくさ」や「しんどさ」を抱えた子どもを放っておいてよいと考える小児科医はいない(筆者は小児科医をとても信じているのだ)が、それができない実情があると考えるべきであろう。
診療にかけられる時間、経営上の理由、技能・知識の不足、認識の問題、医療者自身の安全性など、解決しなければならない課題があるのだと推察している。筆者は現在、厚生労働大臣指定法人・一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」の支援を受け、課題と介入効果を明らかにするための大規模アンケートの実施に向けて取り組んでおり、政策提言や実装のためのシステム構築に発展させる予定である。
「こころ」とは、広い、冷たい、折れる、盗まれる、騒ぐ、砕くなど、さまざまな表現がしっくりと当てはまるように、正解がないものであるように感じる。今回の研究では、重度ではない思春期の抑うつに限れば、薬物療法の割合が少ない小児科が、精神科と比べ寛解率に差を認めないという結果だった。治す対象としての「精神」ではなく、理解する対象としての「こころ」について、小児科医が果たせる役割があることを示した研究といえるだろう。