
残酷な歳月
(十四)
りつ子は照れながらも、自分の心は、まるで、清らかだといわんばかりに、ジュノに話し続けた!
佐高のおんじーから、お母さんと、妹さんの事、聞いてるわよ!
私ね、はじめは、そういえば、子供の頃、父親が、貴方達の事故の時、捜索隊の一人として、何日も山へ出かけていたのを思い出したのよ!。
それと、あの事故の年か、もっと、あとだったか、よく覚えていないけど、たぶん、ジュノのおかあさんと妹さんに、
『会ってるかもしれないのよ!』
けどね、穂高ではないけれど、別の場所にある山小屋で、会っていると思うの!
親戚の山小屋を手伝いに行った、夏休みの頃か、それより前なのか、後かな~、山に凄く雪が降ってね、季節はずれの、大雪が降って、親戚中の人が、借り出された時にね!!
それと、はっきりとした、自信の持てる事ではないのですけれど!
十五年くらい前になるかな、私の住んでいる信州、安曇野でね、たぶん、ジュノのお母さんだと思うけれど、あの山小屋にいた女の人に会っているんだよ!
確かなことではないので、今まで誰にも話してないけど、ずーと、気になっているのよ、なぜか、わからないけどね!
突然の訪問者は言う
きっと叶う夢だと
その口が真実を言うのか
君はいつだって軽く
誰かを誘い惑わす
美しき人はただ信じて
もう何度この胸弾ませて
夢を見た美しき人の願い
誰も私を騙さないで
あの山の彼方に母の姿を
りつ子は確かな記憶ではないけれど、母と妹に会っている!
その後にも、母には十五年ほど前にも、信州、安曇野で、出会っていると言う!
りつ子の、あまりにも簡単に話す事が信じられず、疑念さえ覚えた。
だが、今は、どんな小さな情報であっても、ジュノにはありがたくて、大切な事で信じたい情報だった。
ましてや、今のりつ子はアメリカ時代のような、小悪魔的で退廃的な生き方ではないようで、あの頃のりつ子を知らなければ、誰でもが、信頼する人物に見えるだろうし、雰囲気的にも、セレブなご婦人!、社会的に認められた女性の姿だった!
現に、りつ子はアメリカから帰国してすぐに、一人娘だったこともあり、親の仕事を継ぐ為に、親の進めで、地元の事業家と、極めて平凡な結婚をしたと、ジュノは、りつ子の一方的な、自分のこれまでの生活や、今の仕事の事などを長々と話して聞かせた。
ジュノが驚きと戸惑いの中で、一番聞きたい、母と妹の事も、なんの戸惑いもなく、簡単に話す、りつ子の姿に、ジュノはどう、反応すればよいのか。
定かではないが、あの事故にあった頃の事なのだろうか!
りつ子は、さも、もったいぶるように、ジュノの戸惑いを楽しむように、あの頃のりつ子の嫌な部分を見ているようで、りつ子の口元だけ派手に動く、得体の知れない、生き物に見えて来た!
ジュノの心がオドオドしている姿を垣間見て、喜んでいるかのような意地悪さが見え隠れする。
りつ子はやはり、魔者で、人の心をもてあそぶ悪魔的人間だった!!
「でもね!本当に、あの事故の後なのか、十一歳の頃でしょう!」
「あまり、はっきりした、記憶じゃないのよ!」
「それに、嫌々手伝されていたし!、寒かったし!」
と、気だるい、口調ではなした。
今思うと、たぶん、あの事故の事を、ニュースや父親が何日も捜索に出ていたから、覚えていたのかもね~
そう思えば、なんだか繋がった記憶になるのよ!。
親戚の山小屋はね!「槍ヶ岳へ向かう途中の小屋」なのよ!
登山客は誰もいなかったのよ!
私も最初は、誰かが、いるなんて、知らなかったのね!
大雪が降り、予定より早く山小屋を閉める事になり、親戚中の者が借り出されて、小屋じめの仕事をしていて、お布団を片付ける為に薄暗い、「普通はあまり使わない個室」に入ったら、ふたりでうずくまっていて!、驚いたわ~本当に!
まるで、「幽霊か、お化けがそこにいた!」
そんなふうに見えたのよ、私は怖くて、足がすくんで歩けないほど、おどろいたのよ!
小屋の人達も、誰も、無断で入っている人があるなんて、思わないから、いつもいる小屋番の人も知らないみたいだったから、急いで、おじさんたちに知らせたわよ。
ふたりとも、かなり体が弱っていて、動けない状態だったので、あすにでも、小屋番の男の人を一緒に下山させるからと、伯父はそのふたりに話して、その夜は、ゆっくりと休んで貰うことになったのよ!
けれど、朝になったら、ふたりとも、消えて、いなかったのよ。大雪が降って大変な状況の中、いなくなってしまったので、とてもみんな心配したわ!
そのあと、小屋の人たちとみんなでがずい分さがしたけど、見つからなかったのだと話した。
私はその後、どうしたかは分からなかったわ~
子供だったし、その後は山には入らなかったしね!
それがね!、今から十五年くらい前だと思うけれど、安曇野の、ある、養護施設で、あの時の女性!、たぶん、ジュノのお母さんだと思う女の人に会ったのよ!。
私が所属している、キリスト教会が運営している福祉施設を、うちの会社が手助けをする事になって、私は、そこの代表者になる事で、うち合わせの為に何度か、施設に伺った時に、二~三度、姿を見ているのよ!
「ジュノのお母さんだと思う女性にね!」
とても、不思議な気もちがしたわ!
あの山小屋で会った時の、表情がとても印象深かったので!
安曇野でお会いした時、言葉は交わしてはいないけれど、あの時の人だと、すぐに、思い出したのよ!
その時の、福祉施設の関係者にお聞きしたら!
教会の牧師様からお頼まれしている方で
「施設のお手伝いをして頂いている方です。」とはなされていたわ!
私が正式に、そこの代表者になった時にはもう
「ジュノのお母さんらしい女の人は」
そこの施設には、いなかったのよ。
ジュノは、りつ子の話す事が、本当の話なのか、信じられない思いもするが、全くの作り話でもない事だと!、ありえる事だと!、
何かしらの手がかりがつかめた気がした。
だが、一方では、そのような事があったのなら、りつ子はなぜ!佐高さんに話さなかったのだろうと、りつ子の話しに疑問を感じた。
季節はずれの雪は
どれほどの苦しみを
恐怖と闇に閉じ込められて
寒さに震えながらヒョンヌ
母の呼ぶ声は届かない
心の中のすべてを父へ
むねが張り裂けるほど
美しき人は叫びつづけて
近づけない影を求めて
今日も涙する美しき人
つづく