
残酷な歳月
(十三)
あるときは、真面目に勉強に励む、日本人留学生を、その気も無いくせに、さも、気があるようなそぶりを見せては、軽く誘惑する、そんな言わば自堕落的な生き方をしていた。
正義感の強かった、ジュノには許しがたい人間であった!
そして、その内のひとりの男子学生が、本当の理由は、分からないが自殺にまで、追いやったとも、聞いた事がある。
そんな良くない噂を、加奈子から聞かされて、ジュノは、いつもその度に、言い知れぬ、腹立たしさを感じたものだった。
あれ以来、二十年近い歳月がすぎて、今、目の前にいるこの人は、あの頃の雰囲気がまるでなく、四十歳を迎える女、病気のせいもあるのだろうが、歳よりは老けて見える、生活に疲れた感のある、
「ただのおばさんだった。」
今、ジュノは、アメリカでの事、加奈子の事を話すべきか、ためらいを感じていたが、りつ子の方から、
「加奈子は元気なの!」
「貴方たち、結婚しなかったのね!」
「ちょっと、がっかりだわ~、かげながら、気にしていたのに!」
とあっさりと言うのだった。
そして、りつ子はいつだったか、マークからメールが来て、知ったけど、加奈子は今、若いパートナーと、「しっかり、楽しんでるようじゃないの!」と、言って、ジュノを驚かせた!
なんでも、アメリカ時代からの、ボーイフレンドとして、マークとは今も、つきあいがあるのだと言って、ジュノをおどろかせた。
マークがあの頃の、彼女の取り巻きのひとりだった事も、ジュノには、はじめて知る事だった。
友人としてマークを信じていた気持ちが、なんとなく、軽いものになった気がした!
佐高さんからは、大杉さんのその後の消息は何も新しいことが分からず、ジュノは、やはり、ソウルの両親には辛い事なのかもしれないが、会って、まだ、話されていない事があるのだろう、真実を、聞かなくては、妹の事も、実の父の事も、何も、分からないままでは、ジュノにはやはり、辛い現実のままだった。
だが、今日、この「田神りつ子」に出会った事が、ジュノの運命に大きく係わって来る事など、今、目の前にいる、彼女からは、想像も出来ない事が、この女性「田神りつ子」にはあった。
古い友の悪戯な囁き
忘れかけてる想いが痛い
平凡な女の裏側
それはあくぎなのか
友情とは名ばかりの軽さ
誰でもがうらやむ幸せなど
美しき人は望まない
より苦しみが真実をあばく
美しき人の姿を際立たせて
誰もが憧れる芸術がうまれる
医術と言う芸術は
誰でもがまねの出来ない力
(古い友人の話)
考えもつかない、女性との再会は、少なからず、ジュノは加奈子を否応なく思い出させた。
孤独感で、ジュノ自身が押しつぶされそうな状況の時、ジュノの唯一の甘えられる存在だった事から、ジュノの苦しみや苦悩を一方的に加奈子へ向けた仕打ちだった。
ジュノは切なさと、心のどこかで、加奈子のぬくもりを求めているジュノの自分自身の心の動きの不安定さ、戸惑いからさせた行為だったが、気まずく、心がすれ違ったまま、別れてしまった加奈子だった。
佐高さんは、どうしても今日のうちに仕事上で会う人がいるといい「りっちゃん」とは、友達だったのなら、つもる話もあるだろうと、ジュノとりつ子をホテルの部屋に残して、急ぎ、出かけてしまい、なんとなく、ふたりの間で気まずい空気が流れたが、りつ子は、持ち
前の人なつこさで、りつ子自身から話し出した。
「どうして、加奈子と別れたのよ!」
「あんないい女は、そうはいないのに!」
私がつき合っていた人の中では、
「とても信頼のできる人よ!」
少なくても、私の知っている女性の中で、私の一番信頼できると思って、いつも、見ていたのよ、加奈子をね!
「ほんとにもったいない!」
このままじゃ、マークが狙っちゃうかも!
それでもいいの?
やはり、あの頃の、りつ子だった!、どこか、ジュノの心の奥底をのぞき込むように、そして、容赦なく相手の痛い部分を、攻めるような、いたぶるような、面白がるような・・・
ジュノは、人間は、そんなには、変われないものなのだと,思いながら、もう、加奈子の事には触れて欲しくなかったので、話を、無理に、りつ子の病気の事に触れた。
りつ子は「私、もう、長くないらしいのよ!」
でも、ジュノの手で、終わりにして貰えれば、すこしは、気持ちが楽になれるかと、思ったの!
それよりさあ~、私、「貴方が好きだったの、知ってたあ~!」
「知るわけないかあ~、知らないよね!」
「ジュノは、加奈子ひとすじ!」
と言うより、加奈子のジュノに対するガードが、凄かったもんね!
又しても、りつ子は、あの頃の事の話に戻して来た。
ジュノは、覚悟した!言いたい事があるのなら、今のうちに言ってしまえ!
これから、おそらく、毎日顔をあわせるのだから、くだらない話は、ここで、聞いてしまったほうが良いと判断した。
「貴方さあ~一時期、ひどく痩せた時期があったよね!」
「なんとなく、顔の表情がきつくて!」
怖いほどに、だけど、わけのわからない、憂いがあって!」
「凄く、素敵で、凛とした姿がいいんだよね!」
「ひどく、落ち込んでそうでいても、笑顔がきれいでさあ~」
「でも、すこし、体に肉がついて、顔がちょっとだけ、丸くなってた時は、本当に色っぽくて、その姿がたまらなく、良かった!」
「まるで、金太郎さんを、かっこよくして、走り回ってるようで、少年のような、しぐさが、可愛くてね!」
つい、手を出したくなって、加奈子を通して、ジュノを見てたのよ、私!
ジュノ、知ってた!
でも、どこか、本気で、手を出す事が出来ない!、
大げさに言えば、気高さが、怖かったような雰囲気があってさ!
むりやり何とか出来ない、不思議な、キレイさがあってね、いつも、貴方の姿を見ると、自分の中の空虚な感情と女としての誇りのようなものが、わたし自身の中で喧嘩をしてるんだよね!
そんな、同じような話を並べ立てて、話が尽きたのか、ジュノは、聞き手一方だったから、さすがにりつ子も、恥ずかしくなったようだ。
佐高のおんじーから、ジュノの事をきく前から、貴方の外科医としての優秀さは、知っていたのよ!
本当は、私が、直接、会いに行って、お願いしたかったけれど、佐高のおんじーが、ジュノと親しいから、私の手術をお願いしてくれると、言ってくれたのよ!
もっとも、私が直接尋ねても、会ってもくれなかったかしらね!
あの頃の私はたぶん、ジュノに嫌われていたんでしょう!
そのくらいは、私も分かっているんだけれど、いくら、「馬鹿!」
やっていても、ここは(胸)熱かったんだ!
つづく