馬場あき子の乗った白馬、マスクをしているのは乾燥地帯で埃がすごいから
ホテル遠景。下の広い道までは断崖絶壁
下に降りるまでの道幅は、こんな感じ
我々が少しでも楽なようにと、この辺りまで馬を連れてきてくれたが、慣れない者には難行苦行
下まで降りればこういう隊商の通る広い道もあるが、すぐに石ころごろごろの河原に出る
ブログ版馬場の外国詠 ⑰(2009年4月)
【ムスタン】『ゆふがほの家』(2006年刊)86頁~
参加者:K・I、N・I、T・K、T・S、N・T、藤本満須子、
T・H、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:T・H 司会とまとめ:鹿取 未放
──── ネパールのアッパームスタンに「こしひかり」を実らせた
近藤亨翁をたずねてジョムソンに行った。
(この詞書のような2行は、「ニルギリ」の章全般に掛かる。鹿取注)
140 わが馬のよごれゐたれば悲しきに馬は隊列を出でんときほふ
(当日意見)
★現地の人々の生活の苦しさが馬に出ていて、それが悲しい。(N・I)
(まとめ)
139番歌(馬なければ歩みきれざりき高地ムスタンゆきゆきて四本(よもと)の柳植ゑきつ)の解説に書いたように、ジョムソンでの移動は主に馬を使った。一泊した翌朝、中腹に建つホテルの途中まで馬たちが迎えに来た。私(たち)は青くなった。馬に乗るのは初めてな上、つづらおりの急坂である。さらに片方は下の街道まで何もない断崖絶壁である。あまつさえ登りならまだしも下りである。馬の背中に乗っただけで前につんのめりそうになる。それだけではない、道幅は狭く馬二頭は並んで歩けないほどなのに、当日寄せ集めの馬十数頭はまったく統制が取れていないため、それぞれの馬が断崖絶壁側をまわって前の馬を追い抜こうとする。「馬は隊列を出でんときほふ」はそういう状況を詠んでいる。馬場はそういう馬たちや仲間の怖がる様子を面白がっていたようなふしもある。歌は馬の汚れの悲しさ、ひいては土地の貧しさのかなしさとしての視点から書き起こしてにいる。馬は農家から借り出されたもので、日頃の手入れが十分ではなかったのだろう。特に馬場の馬は白馬だったので、よけいに汚れが目立ったのだろう。(鹿取)
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