加藤楸邨/無花果(いちじく)や目の端に母老いたまふ

2024-09-08 19:07:14 | 本気ィ頓鬼ィ

 

 

 

メドハギ↑山栗↓カボチャ↓↓

 

 

無花果の木は見たことがないけれど たまたま先日買って食べた無花果は美味だった

 

 

 

山口誓子/無花果を食ふ百姓の短き指

 

百合山羽公/音ひとつせぬ無花果の木を好む

 

 

 


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繕うということ (青萄)
2024-09-08 19:54:05
いま蟲時雨が響き渡っているので 網戸のまま楽しんでいる 結局こちらは雨がパラッとしか降らなかった
無花果が店頭に出ることはほとんどないが…また何時か何処かで見つけたら買ってみよう しかも値段はたいへん安い
田圃では稲刈りが始まった また台風が来そうなのでその前に ということでもある スーパーではそこそこ米が出てきている やや高めだが…
買い物をしているとどう見ても100才のご婦人が 一人で手押し車を押しながら買いに来ている 大したものだと思いつつ どうやって帰るのかなと見ていたら…荷物を手押し車にのせて 家まで歩く様子 スゴいなと思いつつ こっちはクルマで楽して帰るのだ
衣類を繕ったりするのは貧乏臭いダサい 修理するより買った方が安いですよと だれもかれもが言うようになって 何かおかしいと思いながらも時代はココまで来てしまった
修理したりなおして使うのは 逆に心豊かなことなのだと気づいている人も多いのではないだろうか
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