ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

首藤さんの墓参り2

2020年09月03日 20時52分26秒 | 最近の出来事

若宮八幡宮を出て、
東山五条交差点に近づいてゆくと、
前方に大谷本廟が見えてきます。



交差点近くには濃い緑が繁っています。
清水寺に向かう変則的な
交差点を渡り、門前に



差しかかると大きな橋が
見えてきます。



これが「円通橋」です。

全て花崗岩の切り石で組まれた橋で、
なんと1856年に竣工した
長さ40mの橋です。

橋脚が円形になっており、
遠くから見るとメガネのようで
「めがね橋」とも呼ばれているそうです。

「奇巧」を尽くした石橋として、
昔の名称図会にも
その姿が残されています。



これを渡って参道に入っていきます。



昔、首藤さんのお父さんが
なくなる時もエイで
いろいろ話をしました。

元気な頃はバイクで近所を回りつつ、
高齢者の介護訪問をされていたそうで、
新聞でも紹介されたことがある
というというお父さんでしたが、
病気から入院をし、
東京の妹さんと交代ごうたいで
九州へ何度も帰っておられた
ことがあります。

亡くなられてから、
遺骨をこちらに持ち込まれたときに、
お寺と色々とやり取りしながら
難儀してはりましたが、
今は無事に希望のお寺に
入っておられます。

まあそんな話を奥さんとも
されていたのでしょう。
立派な霊廟のあるこのお寺に
納骨をされています。

階段を上り、受付に行きます。

いくつかあるどの霊廟で
どのように納骨されているのか
よくわかりませんので、
受付で調べてもらいました。

「え~っと、趣味はマラソンで
3時間10分くらいで
フルマラソンを完走され、
100名山も半分近く登られています」

なあんて問い合わせはしませんよ。

お名前、住所と亡くなった日付と
地元のお寺名をいいますと
「お待ちください」といわれて
パソコン操作が始まりますと、
あっという間に検索されました。

「この青い線に沿って進んでいくと
霊廟があり、そこの九階のOO番がそうです」
と案内されました。

すごいですねえ。
人間亡くなっても、
パソコンできっちり管理されるんですねえ。
感心しながら、まるで
病院でレントゲン室に
向かう患者のように、
青い線に沿って進んでいきます。

今回は、一緒に四国を回った時に
持って歩いた
「ろうそく、線香入れ」を持ってきました。

これでお祈りしましょう。

でもそこに書いてあった
注意書きに寄りますと、
手持ちのろうそくや
線香は使えないようです。

うう~残念ですね。

あの四国で「こんなろうそく入れが
100均に会ってねえ」と自慢した
容器なんですが、
いやあこんなりっぱな霊廟では
使えないですねえ。



中に入って9階に上がり、
教えられた番号に向かいますと



ありました




これが首藤さんの霊廟です。

扉を開けて中に写真でも
あったら膝から崩れ落ちて
しまいそうですが、
写真はありませんでした。

「首藤さん来たよ。
どう天国で楽しく暮らしている?」
と心の中でつぶやいていると、
景色がかすんできます。

「涸沢の景色はどう?
いいとこやったやろ」といったら
「うんうん」ていう声が
聞こえてきそうです。

あまり大きく興奮することの無い
首藤さんだったので、
ここでも冷静に静かに
暮らしているんでしょうねえ。

「今は大変やで。
コロナで世間は大騒ぎ。
そちらではのんびり暮らして
いるんでしょうねえ。
こちらを見守ってねえ。」
とお祈りしておきました。

「首藤さん、また京都歩きに
来たときなんかにも来るからねえ」
とあいさつし、お参りを終えました。

こうして知り合いのお墓参りも
これからは少しずつ
増えてきそうやなあなんて
思ったお墓参りでもありました。

続く

 



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