ニューヨークシティマラソンで
あの
ツールドフランスのランスが
初マラソンで
サブスリーだとか
う~ん
やっぱり持っているものが
違うなあ。
レース後
「こんなにきついのは初めて」だとか
一ヶ月に何千キロ
アルプスの山をいくつも越えるバイクレースで
前人未到の7連覇を成し遂げた男が
レース後の記者会見で述べたこの言葉は
マラソンランナーへの
最大限の敬意だと僕には聞こえたなあ。
そんな記事が朝刊を賑わした今日
早速奮い立って通勤ランをした
僕って単純やなあ。
朝は例によってずっと手前で
車を降りてテクテクウォーク。
しっかし、今日は風が強かった。
ズラだったら絶対飛んでたな。
こんな私でも
職場に着いたら髪が乱れてましたもん。
帰りは、18キロのジョグ。
残業後、
iPodを聞きながら
キロ7分程度での~んびり帰ったら
えらい遅くなってしまったわ。
本日は立冬。
暦どおりに
寒くなりましたな。
帰ったらまず風呂入って、メシ食って
早速ブログしておりやす。
テレビでは北海道の
竜巻被害のニュースが報じられている。
そうや、ぼちぼち来年の夏に向けて
気象予報士の勉強も再開しなくちゃ。
一日、48時間はほしいよな。
昨日走ったのは吉野川ですが
今日、例の信号待ち読書で
小説「紀ノ川」を読了しました。
明治、大正、昭和を生きた
女の三代記。
有吉佐和子の代表的な作品です。
この小説を読もうと思ったきっかけは
僕のスポーツライフと
深く関わっているからだ。
総合三位で銅メダルをいただいた
高野山町石道クロスカントリーの
出発点である慈尊院は
この小説の出だしで
「花」という名の主人公が祖母の手をとって
石段を歩くシーンの場所。
いまもその寺には
小説の中に登場する
さまざまな乳房形(ちちがた)が収められている。
安産、授乳、子育てを祈る
民間信仰の象徴なのだそうだ。
やがて、九度山を出て
大層な嫁入り支度を積んだ
船をしつらえて
花嫁が下っていった川は
去年、生まれて初めて
カヌーに挑戦した
紀ノ川の流れのまさにその場所だった。
そして、昨年熊野古道ランの
出発点となった
紀伊六十谷。
これが花の嫁ぎ先だった。
六十谷で代議士の妻として
手腕を発揮した花。
その孫と歩いた和歌山城は
高野山ウルトラマラソンの
スタート、ゴール地点。
慈尊院、紀ノ川は知っていたが
読むに連れ
自分にも思い出深い地名が出てくるのと
親、子、孫のそれぞれの生き方が
時代を象徴しているようで
大変面白かった。
信号待ち読書で読むのは
こんな風に中に引き込まれていくような
読み物がぴったりなのかも。
早く次が読みたいというくらいの気持ちでないと
信号や車の動きが気になって
頭に入ってこないもんね。
かといってのめりこんで
交通の流れを乱してはいけない。
そんな緊張感の中で
ちゃんと頭にいれるには
それなりの興味をもって
読める本でないとねということ。
明日からの本はもう
決めて用意してある。
少し読んで、面白そうだったから
とっておいたもの
タイトルは・・・
また読んでからのお楽しみや。
話は「紀ノ川」にもどすと、
作者の有吉さんが
和歌山に住んだのが
途切れ途切れで
全部あわせても6、7年らしいのに
主人公の花が話す和歌山弁は
地元の人でさえ
文句のつけようがない
完璧なものなんだそうだ。
僕も読んでいて、
少し意味の分かりにくいところもあったけど
あるとき、その分からない部分を
口に出して読んでみたら
泉州弁と少し通じるところがあって
すっと頭に入ったのに
驚いたことがある。
ふだん何気なくしゃべってる
言葉にもこんな意味があるんや
みたいな驚きもあったよ。
自分の、身の回りでは
和歌山の橋本の人と結婚した
姉が使う言葉や
ランニング仲間の
S水クンのイントネーションが
参考になったりしたなあ。
三人三様の女性としての行き方
それと、
紀ノ川の時の流れの象徴のような悠々とした流れが
重なり織り合わさって
文字通り大河ドラマに仕上がっているのは
彼女の筆力のすごいところだ。
物語の最初の方で
主人公の花の祖母、豊乃が
「紀ノ川沿いの嫁入りは、流れに逆ろうてはならんのやえ。」
というくだりが印象的だ。
人の暮らしと自然が強く
結びついていた時代の
普通の考え方やったんやな。
流れに逆ろうてはならんのやえ・・・か、
僕も体の流れに逆らわず
自然にスポーツ続けていこうっと。
ここには、昔からの友人も
たくさん出場している。
会場では、懐かしい顔にも
いっぱい会う。
しかし、今回一緒に行った
T川さんの顔の広さは別格だ。
ひっきりなしにいろんな人が
声をかけてくる。
人気商売の
インストラクターとは言え
ほんとにすごい!
彼女の人柄が
人を引き付けるのでしょうな。
さて、レースは
先週の串本で気をよくしたのも束の間
今回は最悪のレースとなった。
詳しくは書かないけど
5キロくらいから
体調に異変が・・・
もうそこからは
いくら気張っても
足に力が湧かない状態。
少しずつよくなっていたんやけどなあ
まさしく
一進一退!
で、しばらくは
無理をしがちな
レース出場は
見合わせようと思っている。
体をぐっすり休めて
またイチからやってみるかな。
今日は疲れたなあ。
とりあえず今晩
ぐっすり寝るかあ。
午前中は、大津川や市内を
気ままに走って
午後から家の用事をした。
ひとつは、洗車。
家の前に車を出して
ごしごし水洗い。
そしたら、通りかかる
近所の人が
みんな、口を揃えて
「雨ふるで~」やて、
失敬な!
ちゃんと天気図確認済みやあ。
しかし、たまに車を洗うと
小さな傷があるもんやね。
今度、ペイント買ってこようっと。
二つ目の仕事は
庭木の剪定。
金木犀が2本と
柊と梅と。
金木犀はこんなんになりました
剪定前、剪定後を比べたらよかったなあ
まだまだ、修行がたりまへんわ。
金木犀を終えて
梅に移ろうとしたときだ。
ばあちゃんが慌てて庭に出てきて
「クモがおるで」
とのこと。
ほなら、殺虫剤でもかけよか
って言ったら、どうも話が逆で
クモがいるから、
巣を壊さないでやってほしいんだとのこと。
理由を聞いたら
「最近エサをあげてんねん」だと。
飼ってるんかい!
見たら立派な女郎蜘蛛が
梅の枝をたくみに利用して
立派な巣を設けている。
「最初は小さなクモやったのに
毎日バッタや虫をあげてたら
立派になったんや」とのこと。
ばあちゃん観察日記によると
女郎蜘蛛は
獲物を糸でぐるぐる巻きにしてから食べるのではなく
巣にひっかかったエサにスッと近づいて
おもむろに
喉もとなど急所に噛み付くのだそうだ。
そうして体液を吸い取るのだろう。
行動は残虐やけど、
日に日に大きくなっていく姿が
けなげで可愛いらしい。
う~ん、
夏にはキリギリスを飼ってたこの子にして
この親ありって感じやな。
大きな巣を観察していると
巣の隅っこに小さな小さなクモも
待機している。
たまたま、今朝の朝日新聞に
この女郎蜘蛛の記事があって
それを読んで驚いた。
その小さな小さなクモは
女郎蜘蛛のオスなんだそうだ。
大きなメスが
エサにかぶりついている間に
こっそり近づいて
チャッカリ交尾をするらしい。
そしてコトが済んだら
猛ダッシュで逃げる。
そうしないと、オスは
網にかかった獲物の
デザートとして食べられてしまうらしいのだ。
悲しいなあ。
たしかカマキリもそんなんやったでなあ。
それにしても、クモにエサをあげてる
ばあちゃんてどうなんやって感じやね。
「女郎蜘蛛に 庭枝とられて 未剪定」
(字余りやな)
よって庭木の剪定はこれにて打ち切り。
この後、さらにカレーでも炊いて
家の用事を締めくくろうと
思っていたけど
すっかりめげて
買いたい本があったので
本屋めぐりで
時間を費やしました。
doiron特製カレーのレシピはまた今度!
さて、明日は吉野川ハーフマラソン。
まだまだ体調万全ではないので
深まりゆく秋をめでながら
楽しんで走ってきま~す。
梅雨頃だったか
ふと目に止まった新聞記事が
仕事で知り合った
記者の記事だった。
記者はたいてい1年くらいで
担当が替わる。
各地を転々としながら
時間があってないような
日々を過ごしている
彼らは本当に大変だと思う。
去年大阪にいたと思ったら
今年は神戸
来年は京都に行くといった具合だ。
その新聞記事を書いたのは
3年前に
わが社の担当で
とてもお世話になった
人情派の記者だった。
記事の末尾の名前の上に書かれた所属では
けいはんな支局にいることになっている。
とはいえ、それも梅雨前のことだから
今頃はまた異動して
高校の未履修問題などを
担当しているのかもしれない。
さて、その記事というのが
ご当地の名所旧跡などを
いろんな記者が
交代しながら紹介するシリーズ記事で
立派なお腹を抱えていたその知り合いの記者は
ご当地の旧跡にまつわる
食べ物を紹介していたのだ。
そのひとつがこの寺。
酬恩庵一休寺。
このお寺は京田辺市にある。
あの、トンチ問答で有名な
一休禅師が晩年を過ごした寺だ。
このお寺で有名な食べ物が
古来の製法で作られた
一休寺納豆
本堂の玄関で
試食品を振舞ってくれた。
これが
全然粘りがない納豆で
大豆を発酵させた
すっぱい黒い豆なのだ。
しかし
そこはかとなく
伝統の味がする。
これも、ずっと受け継がれてきた文化なんでしょうな。
お寺で毎年仕込みを
しているのだそうだ。
お土産に小さいのをひと箱買った。
「冷蔵庫に入れると、硬くなって
食べられなくなりますから注意してください。
そのままでも10年は持ちます」とのこと。
納豆の画像は、また開封した時にでも・・・。
お寺の最奥部にこんな橋がありました。
しゃれてるなあ。
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そこを後にして
次に向かったのが
10円玉に刻まれた世界遺産
平等院
ここは、特に何の宗派というお寺ではなく
仏の救済は平等にある
ということからこの名がついたらしい。
なかなか端正な建物です。
でも、今回訪れた目的は
このお堂に安置されている
阿弥陀如来でも
屋根で羽ばたく
鳳凰でもなく
うなぎ
だった。
先の記者がシリーズで
もうひとつ書いていたのが
平等院近くの
宇治川沿いにある
茶店で売られている
鰻いいむし
(みかんは比較のため置いたもの)
山椒ご飯に鰻の白焼きを載せ
竹の皮で包んだものを
店先の蒸篭で蒸しただけの
シンプルな食品。
昔は、宇治川の鰻で作っていたそうだが
このご時世
名物ものは大量にさばかれるため
それだけじゃとてもまかなえず
今は琵琶湖産の鰻を使っているらしい。
きっと、厚みのある立派な竹の皮も
中国産だったりするのだろう。
文化も継承していくのは大変なんですな。
山椒がピリッと利いた
もち米の薄味と
鰻のうまみが絶妙に絡み合った
なかなかの味でした。
実は、わたくし、ほとんど好き嫌いは
ないのですが
何ともよくできた話、鰻と納豆が
苦手なんです。
したがって、今回は
苦手克服の旅
とあいなった次第です。
あんなに嫌いだった
鰻も
空腹でいただいた「いいむし」は
とてもおいしゅうございました。
ただ、帰り道に
息や手や口の周りから
そこはかとなく
漂ってきた香りには
少し、生臭さが・・・
苦手克服も
もうひといきですな。
だれぞおいしい鰻の店を
教えておくれ~
明日は文化の日。
60年前の憲法公布を記念して
定められた祝日であるとのこと。
「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」だから
文化の日。
しかし、明治天皇の誕生日
というところが
いろいろ議論をかもしがちなんだな。
11月3日は、他にも
「晴れの特異日」という顔も持っている。
6月1日、10月10日と並ぶ
一年で三日の栄誉に浴している。
特異日はほかにもあって
4月6日は寒の戻りの特異日
6月28日は雨
8月18日は猛暑
9月17日と同26日は台風の
それぞれ特異日だそうだ。
う~ん、じゃあ
僕の場合
11月23日はマラソンの特異日やな
たいていの大会は日曜だから
日にちが変わるけど
第4回大会以外
全部走ってる
福知山マラソンは
第1回からずっと勤労感謝の11月23日なのだ。
あと3月14日はめでたい特異日。
そうです、マイバースデーなのだ。
話は戻って
さて明日の文化の日
自由と平和を愛しつつ
文化に触れるため
京都にでも行こうかなって
思ってる。
デジカメ持って
散策でもしてこようっと
紅葉には早いけど・・・