徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百二十五話 泣くなよ…!)

2007-08-29 11:08:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 西沢の放ったその矢は…躊躇いもなく吾蘭とマーキスを貫いた…。
その場に崩れ落ちたマーキスの姿を目の当たりにして…こんな酷い光景は見えぬ方がましだったかもしれない…と滝川は思った…。

 吾蘭を巻き添えにしてしまったことで、後々西沢が受ける衝撃を思うと、不安を通り越して最早恐怖だ…。
滝川がどれほど懸命にケアをしたところで…果たして…立ち直れるや否や…。

とにかく…アランの状態を診てやらなきゃ…。

「アラン…? 」

小さな吾蘭の身体が…見当たらない…。
今の今まで…マーキスの傍に居たはずの…。

滝川だけでなく…マーキスに駆け寄った智明もまた…吾蘭の姿を捜しているようで…きょろきょろと辺りを見回している…。

キャッキャという笑い声が西沢の方から聞こえてくる…。
父親の顔に戻った西沢が…吾蘭を抱き上げ…あやしている…。

「とうたん…お顔に色ちゅけたの…?
アランもちゅけていい…? くえよんで描いてもいい…? 」

無邪気な吾蘭の問いに…西沢は微笑む…。

クレヨンは…だめさ…。
アランの顔が…かゆかゆになっちゃうよ…。

 とりあえず…無事な様子にほっとして…ぼんやりとふたりを見ていた滝川は…やがて…妙なことに気付いた…。
粒子と化したはずのマーキスの実体が…まだ…そこに存在している…その事実に…。

還元されたのではなかったのか…?

気を取り直し…慌てて…マーキスの状態を探る…。

生きている…!

マーキスは呼吸をしている…。
それも…先程よりずっとしっかりとした呼吸を…。

「紫苑…? 」

ふたりは訝しげに西沢を見つめた…。
あの状態で西沢がマーキスを助ける可能性など万に一つもなかったはずだ…。

「僕じゃない…。
こいつを助けたのは…アランだ…。 」

自分の名前が出たので…吾蘭はまた可笑しそうに笑った。

アランが…?

「アラン…おてちゅだい…ちた…。
ねぇ…とうたん…? 」

吾蘭が小首傾げて相槌を求める…。
笑みを絶やさぬままに…西沢はそれに応じて頷く…。

少しずつ…エナジーたちの気配が消えていく…。
ノエルの空間フレームはすでに形を成してはいない…。

「よく…エナジーたちが黙ってたな…。
奴等…マーキスを粒子状に破壊するつもりだったんだろう…? 」

理解できん…とでも言いたげな顔で…滝川は辺りを見回した…。

「アランの中の王弟の記憶が…そうさせた…というべきかな…。
それに…ノエルも…だ…。 」

ノエルが…?
どうやって…?

「あの矢は僕を通して太極が放ったエナジーだけど…実際には僕も…太極から直接エナジーを受け取ったわけじゃない…。
あれは…ノエルが媒介になって変換したエナジーだ…。
そうでもしないと…このあたり一帯が廃墟になってしまうからね…。

 ノエルはいつも無意識に媒介しているけれど…少しだけ手心を加えたようだ…。
それでも…僕の中に入ってきたエナジーは相当なレベルだった…。
あいつを粉々にするには十分なくらいの…。 」

 だからと言って…西沢は…それ以上に手加減してやろうなどとは考えもしなかった…。
御使者…西沢の務めはあくまで崩壊の因子を除去すること…。
更生の意思無き者に情けは無用…。

 けれど…胸の中に疼くものがないわけではない…。
マーキスは自分の居場所を取り戻したかっただけなのだ…。
他人を犠牲にする言いわけにはならないが…。

 幼い吾蘭に西沢の胸の内が分かるはずもないが…吾蘭の中に存在する王弟の記憶はどうやら…マーキスを死なせるべきではない…と考えたようだった…。
単なるプログラムがそうした感情を持つものなのかどうか…確かな答えは分からない…。
ひょっとすると…吾蘭の感情と半ば一体化しているのかも知れない…。

「アランがほとんどのエナジーを受け流してしまったんだ…。
アランの力で対処できなかった分…あいつの中に吸収させたのは…ごく僅かさ…。
粒子状に破壊…など到底無理…。
だが…使い方次第で…なんとでもなる…。 」

負のエナジーを吸収させた…?

滝川は眉を顰めた。

何故…それで回復できるんだ…?

「不思議か…? そうだろうな…。
誰の中にでも負のエナジーは存在するが…わざわざ外から負のエナジーを取り入れて利用できるのは…僕等の一族だけだからな…。

 多分…アランの身体が媒介したせいだろう…。
どうやら…アランには多少なり…ノエルの一族の力も備わっているようだ…。 
王弟の記憶がアランを使って…あいつの体内に埋め込んだ…といった方が正解かな…。 」

西沢の腕の中で…こっくりこっくり…吾蘭が居眠りを始めた…。
吾蘭自身に何処まで意識があるかは不明だが…短時間の間に何度も大人の能力者に匹敵する力を使ったことになる…。
かなり…疲れているはずだ…。

「紫苑…この子は…どうなるの…?
私が…庭田が引き取って…構わないの…? 」

スミレ…智明が不安そうに訊ねた。
庭田としては…それが一番気になるところ…。

それには答えず…西沢は軽く顎をあげて仲根に合図を送った。
仲根は軽く頷くと…誰かと交信を始めた。

「特使に任せる…と宗主から…。 」

仲根がそう伝えると西沢は大きく溜息をついた…。

 宗主はあまり…ああしろこうしろ…とは言わない。
結果報告を受けて…そうか…と頷くだけ…。
まるで西沢がどう動くかを観察して面白がってでもいるかのようだ。
任せられる方は責任重大…遣り易いようで…遣り難い…。

 すっかり眠ってしまった吾蘭を、滝川の特別な部屋のソファに寝かせておいて、西沢は僅かに残る光の揺らめきの中にそっと手を差し伸べた。
光はその手を優しく包み込んで…やがてそのままゆっくりと消えていった…。
 
「生き残る方が地獄…ということもある…。 」

西沢が口にしたその言葉に…智明ははっとした…。
それは…麗香と智明が悪夢の中で何度も耳にした言葉…。
天爵ばばさまの魂をはるか未来へと送り出した天啓宮の宮女長の…。

西沢は…半ば朦朧としながらも何とか意識を保っているマーキスの顔を覗きこんだ…。

「おまえを…庭田に帰してやるよ…。 」

そのひと言で…智明は安堵の溜息をついた…。

助かった…。
庭田の面目とマーキスの命…何とか…保てる…。 

 ほっとしたのは滝川も同じだが、智明よりはずっと懐疑的だった。
西沢には何か含むところがある…そう感じていた…。
間に立つ西沢が如何にエナジーたちのお気に入りであっても…何の条件もなしに崩壊の因子を解き放つとは思えない…。

「けど…間違えるな…。 おまえを許したわけじゃない…。 
おまえは何人もの命を奪った…。 その報いは…受けて当然だ…。 」

報い…。

安堵も束の間…智明はごくりと唾を飲み込んだ…。
裁定人が下すのは古来…厳しい罰…。

「おまえの身体の中に埋め込まれた負のエナジーは…おまえが馬鹿な考えを起こすたびに増えていく…。
今のおまえのように無駄に力を使いまくると…あっという間に体内に充満して…どかんっ…だ…。 」

過度に体力を消耗したせいで、ひどく青ざめたマーキスの顔が、それを聞いてさらに血の気を失った。
使うことができなければ…どれほど大きな力を持っていようと無用の長物…。
HISTORIANのトップに返り咲くどころか…生き延びることすら難しいかも知れない…。

「紫苑…それじゃぁ…こいつは…自分の身を護ることもできないのか…? 
捨てられた…といったって…この坊やは組織の中核に居たんだぜ…。
世間に知られたくない情報だって持ってるはずなんだ…。
口封じのために襲われないとも限らないんだぞ…。 」

憤慨したような滝川の様子に…マーキスはひどく困惑した…。

どいつもこいつも…いかれてる…。

 これがHISTORIANなら…とうにマーキスはあの世の住人になっている…。
まだ子供だから…とか…行き場がない…とか…そんなこと助けてもらえる理由にはならない…。
問答無用の一撃必殺だ…。
これから先…力が使えるかどうかの心配など…誰がしてくれよう…。

それなのに…。

「こいつの中の負のエナジーを管理しているのは…あのエナジーたちだ…。
僕には…どうしようもない…。

せいぜい…刺客が来ないことを祈ってろ…! 」

まだ何かもの言いたげな滝川と智明を尻目に…西沢はそう言い放った…。



 スタジオ全体を覆っていた奇妙な気配が消えた後…急ぎ現場に戻ってきた滝川を見て松村は思わずほっと胸を撫で下ろした。
何が起こったのかは分からないが…すこぶる上機嫌なのが分かる…。

スタッフたちが撮影再開の連絡を受けて飛んで帰ってくると、滝川は待ちかねたように矢継ぎ早に指示を与えた…。

「周りの…それ…要らねぇから…。 そこのそれも…。
うん…その真ん中の…暗い部分だけで十分だ…。 」

 セットの中から気に入らないものを容赦なく破棄していく…。
松村がせっかく用意してくれたものではあるが…滝川の心に思い描いているイメージとは違う…。

この場面で必要なのは…紫苑…だけだ…。

その様子を訝しげに西沢が見つめている…。
食い入るような視線に気付いたのか…滝川が西沢の方に眼を向けた…。

「紫苑…そのくどいメイク…要らねぇ…。
シゲちゃん…もう少し紫苑の自然な顔に近づけて…。 」

くどいメイク…っておまえ…。

西沢は仲根の方に視線を移した…。
仲根が驚いたような顔で首を横に振った…。

俺…まだ何にも映像送ってないっすよ…。

「恭介…その眼…。 」

滝川がニヤッと笑って見せた…。

「泣くなよ…紫苑…。 仕事中だ…。
腫れた顔なんざ…撮るの…真っ平だぜ…。 」


  






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