寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

囲碁の話(5)

2011年05月12日 14時13分12秒 | 日記・エッセイ・コラム

 5月8日(日)に、囲碁愛好会の大会があった。48名の参加者が有り、参段以上のAクラス20名、弐段以下のBクラス28名に分かれて各人4回戦う棋戦である。1回戦は抽選で対戦相手が決まる。2回戦以降は勝者同士が対戦する。筆者は1回戦同段の方に中押し勝ち、2回戦同段の方に四目負け、3回戦同段の方に中押し勝ち、4回戦五段の方に2子置いて、筆者が序盤に勘違いしてそのまま中押し負け、結局2勝2敗に終わった。4回戦の対戦相手が4戦全勝だったけど同率の方がもう1人いて、スイス方式で計算した結果、2位になった。このスイス方式というのは、各回戦の対戦相手の最終勝ち数を合計して、その多少を比較する。こうして優勝者が決まる。2勝2敗の筆者は5位までには入らなかった。

 ところで、大会前日(土)とその前の日・土曜日には、全敗していた。というのは打ち込みの練習をしたために、無理をして打ち込みそれがことごとく失敗に終わっていたからである。何か新しいことに挑戦すると、新しいことに拘り周辺の石の配置に目が行き届かなくなる。その結果ちょっとしたミスが重なり石をとられてしまう。ここが筆者の未熟な所かもしれない。

 今回は、七、六段の方が優勝することはなかった。ここで思うのは、ハンデを付けて対戦するということである。プロの対戦は全て半でなしであるのがアマチュアの対戦と違う。プロ同士の対戦は、例え初段の人と九段の人の対戦でも、互い先で行うのが通常である。昭和時代には低段者が高段者と対戦することはほとんど無かったらしい。それは両者の間に大きな差が出来ていたからだという。現在は大手合いというのがあるかどうか不明であるが、昇段はタイトル戦に参加するか優勝することが条件になっているらしい。最近の対戦では高段者が常に勝利するとは限らない。それは若いプロの人は、碁の勉強法が変わったからといわれている。つまりコンピューターを利用する、あるいはグループで勉強会をするという勉強をしているという。アマチュアの囲碁好きな方、それが高段者(アマ)でも、プロの高段者に対してはもちろん低段者に対してもハンデの石を置いてもなかなか勝利することは難しい。この世界はプロとアマの間の差はなかなか縮小することはない。こんな逸話を聞いたことがある。八重洲口の囲碁会館でアマチュアに指導していたプロの方が、3面打ちをしていたという。アマチュアの方は中盤にさしかかって、それぞれ自分に分があると思っていた。そこへ受付の方が、プロの方に電話がかかっていると伝えた。その頃は今のように携帯電話はない時代であった。電話に出ると差し迫った用件が発生したので中断するとはいえず、どんどん碁を打ち進めて、3面ともアマがどうすることも出来ずに投了したという。これほどプロの実力が凄かったという話であった。

 筆者はまだまだ自分の未熟を知ることが出来たに過ぎないが、余暇を活用して囲碁の心を掴めるようになりたいと思うこの頃である。


東日本巨大地震(5)-福島原発関連-

2011年05月12日 12時15分49秒 | 日記・エッセイ・コラム

 福島原発事故は、巨大地震とそれによる津波の影響で発生した。ということを恐らく多くの人が認識していることだろう。そして被害が発生するかもしれない地震と津波の想定基準に甘さがあったことも認識していることだろう。このことに関しては残念でならない。筆者の最後に勤務していた団体の建物は、最高部分の高さが19.95メートルであった。その理由は、20メートルを超えると土台や構造部分の仕様ががらりと変わるという。そうなると建築費も相当増額になる。から限界ぎりぎりにしたという。

 ということで、福島原発の災害対策に関しても、恐らく似たような事情があったのではないだろうか。建設時の設計で、いろいろな災害対策の検討をしただろう。地震や津波のことも検討されたに違いない。そのとき想定される地震の大きさやそれに伴う津波の高さなども検討しただろう。そのとき過去の事例も種々引き合いに出されて検討したことであろう。建設地は突起部分のないほぼ直線状の海岸であることから津波はそれほど高く(5メートル以上に)なることはないと判断されたことだろう。地震についてもM8以上は滅多に発生しないと判断したかもしれない。これらが想定基準になったと想像する。

 このような検討がされて建設された(想像)。しかし、想定以上の事象が発生した.その結果、原発事故が発生した。その結果、放射性物質が拡散された。そのために付近住民が長年住み慣れてきた所から退去せざるを得ないことになった。住民は、大きな苦痛と将来への不安で心身に大きな影響を受けることになった。居住地から追われ避難生活を強いられることになった。そして住民のたっての願いで、5月11日2時間を限度に居住地へ一時立ち入ることが可能になった。この件についてまたまた行政というか政府というかいわゆる役所はヘマをやった。一時立ち入り者に、自分の意志で一時立ち入りするという承諾書?の提出を求めたという。これはどんな意味を持つのだろうか。悪意をもった解釈をすると、警戒地域への立ち入りはダメといったのに自分の意志で入ったのだから何が起きても自分の責任ですよ、と解釈するのだろうか。ここには人間としての優しさが微塵も感じられない。何故もっと人間らしさを表現できないのだろうか。例えば、警戒地域に入るのですから別書きの注意事項をよく読んで、行動には十分に気をつけて下さい。例えば放射性物質は目に見えないのでチリが積もっているようなものにはなるべく手を触れないようにして下さい。立ち入り後何か異常を感じたら直ちに申し出て下さい。出来る限りの対応をします。などという注意書きを手渡せば、立ち入り住民に役所の暖かさが伝わるのではないだろうか。いやこれも変かもしれない。

 ともあれ、自分たちの居住地を追われ避難生活を強いられている被災者への対応には、行政なり企業の心ある対応をお願いしたい。そして被災者の方々にはしばらく続くと考えられる避難生活で体調を崩さないように気を付けていただきたいと願っている。