図書館で本を借りようとする小学生とおしゃべりをしたことがあった。子供は、行為そのものを示すようにメガネをつけていたけれど、なるべく挿絵のない厚い本を選ぶそうだ。
そのスピードには脱帽した。
言葉から想像する、描写から楽しむ、創作する側にとっては、うれしい声になるだろう。受け手は、映像よりも文字言葉から想像し、悦に入り、読み進めるのだろう。
見えないものを見えるように私たちの頭脳は働き活動し、動いていると思う。
が、歴史の本については、絵のついた事典がほしいし、外国の事柄にはキーワードから検索すると、パソコンで居ながらにしてすぐに映像にも辿りつけられる。
ネットから見つけた絵画をパソコンに張り付けた。
キャラバンは海辺で休み、隊長とも思われるひとりが中世の衣装とターバンを身につけている。そして地図を広げて見ている前方には島があり、何を目指しているのだろうかと、想像する。
デスクトップには、実際に描いた絵よりも大きく見えて、足元には蓋のついた箱が描かれていた。
この画家が描いたきっかけと情動を知りたくもなる。どこの国の人が描いたのでしょう。西欧人だろうか。
現代の画家が描いた作品かどうかもわからない。それにしても、ロマンあふれる一枚になっている。
インターネットに期待して、過去の映像記録を探すのも楽しみで、「集史」を 解説している博物館orサイトがないだろうか、と本の挿絵の小ささに期待が膨らむのだけれど・・・・
世界の財産だから、書物もより大切に扱われるだろうし、ネット上で博物館や研究者たちが知的遺産を少しずつ分かち合い、サイトを作って大判振る舞いして還元してもすごいだろうけれど・・・
ねえ、と。(私たちは知りたいこと、見たいことを居ながらにして探せる日常にいる。)
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