やっぱり過去を振り返っている。
たまたま古本を見ていると、この献立表が1866年の慶応2年(交易の足音が動き出す頃)に記録されたもので、
印刷に回したのが60年後の1926年、昭和3年に当たり、この時点で殿様のお食事は
遥かに質素だった。贅沢な食事を戒め、過去を顧みる目的で本に仕上げたようです。(残念なことに昭和3年との比較はなし)
まだ栄養学という考え方はなかったでしょうか。うるう年もなかったか、29日と30日で一年が完了しています。1866年の一年の料理記録。
4月29日
朝 大根と揚げのお汁 新午房
お昼と書いてあるのか不明 たけのこ隠元
夜 なまり節の煮つけ ヒラメの煮つけと刺身(いただきもの)
5月朔日
朝 福いも? いりとうふ
昼 くわい 千玉子
夜 干しアユの煮立てだしあん 長芋 お酒
現代から比べると、野菜の種類が少ないと感じます。冷蔵庫もないから干し魚を料理したり、洋風野菜もまだなくて、魚を食べていた頃で、今とは食習慣が多いに違うでしょう。
結果的にどんな病気が起こりやすいかわかるかもしれません。けれど、私たちのDNAがわかるような気がします。
5月5日
朝 ごぼうのささがき汁
昼 ふたりの子供とともに祝い膳
御平 かさご・焼き豆腐・自然薯・たけのこ・ふき
お汁 つみいり福いも 香の物 ごはん いり玉子
焼き物 あじ ・ 吸い物(焼き麩・じゅんさい)
八寸 コハゼのかば焼き
引き盃・お銚子 燗酒 よもぎ・しょうぶ 飾りとして敷いたか、お燗に使ったか、日本料理のセンスに触れる機会!
お膳後八寸 お小皿(切りのし)・お小皿(きなこ)・お縁高(麹三本結び?)
夜 酢貝・わさび お酒
こどもの日にちなんでページをめくり、日本料理ではどんな風に再現されるか、想像するのも楽しい。当時の平均身長は、地域によって差があっただろうか。
自分の祖先がどんな暮らしをしていたか、どんなものか・・・
梅雨を迎えるころどんな食だろうかと、開いてみた。すると、5月28日になって柏餅の材料が整ったようで、柏餅の材料配分を記録していた。柏の葉千枚とあり、他に黒砂糖・白砂糖・味噌なども記録されています。さすがに、お殿様の料理番です。今は、西暦・太陽暦になっているから、ひょっとしたら季節は少しばかりずれているかもしれません。
普段の食事は、きわめて質素。
5月20日 朝 福いも 煮豆
昼 くわい・がんもどき
夜 厚焼き玉子・わさび・お酒
5月21日 朝 大根・あげ きくらげ入り入り豆腐 (国産きくらげ!)
昼 タケノコ・こんにゃく とうふ
夜 生りぶ(?判読不明)し ・きゅうりもみわさび
鰹の生りとかニシンの干した魚など、最近は食べていないと感じる。少々臭みのある魚も季節を告げる料理が古くからあったと実感。
目に青葉山時鳥帰初鰹 正に季節感の象徴にも拘わらず、食卓にも上がらないけれど、薄れる攻防は、こうした作品の伝えのみでしょうか。
ツイートにでも季節食材と傑作を上げるのも購買につながるかもしれないけれど、とは、時流事情。