************************************************
大野探偵事務所の所長・大野糺(おおの ただす)が誘拐された。耳が良いのが取り柄の助手・山口美々香(やまぐち みみか)は、様々な手掛かりから、微妙な違和感を聞き逃さず真実に迫るが、其の裏には15年前の或る事件の影が在った。誘拐犯vs.探偵達の息詰まる攻防。二転三転する真相の行方は・・・。
************************************************
ミステリー関連の年間ブック・ランキングで、自分が注目しているのは「本格ミステリ・ベスト10」(発行元:原書房)、「週刊文春ミステリーベスト10」(発行元:文藝春秋)、そして「このミステリーがすごい!」(発行元:宝島社)の3つ。此の中の「2023本格ミステリ・ベスト10【国内編】」で3位に選ばれた小説が、今回読んだ「録音された誘拐」(著者:阿津川辰海氏)で在る。
阿津川氏は2017年に文壇デビューした、未だ20代の若手で在る。でも、ミステリー界では非常に期待されている有望株なのだ。
一昨年、同氏の「透明人間は密室に潜む」(総合評価:星3つ)という作品を読んだが、4つの中編小説の内の1つに「耳だけは異常に良い探偵が、録音された音声から、犯行現場の謎を解く。」という「盗聴された殺人」が在る。今回の「録音された誘拐」は、「盗聴された殺人」の登場人物達が揃う“続編”だ。
後書きで阿津川氏自身が書いているが、「盗聴された殺人」の時代設定は「新型コロナウイルス感染症が“終息”し、世界が落ち着き始めた頃。」となっている。此の作品が上梓されたのは昨年8月なので、コロナが終息どころか、少なくとも日本では未だ未だ“警戒感で溢れ返っていた頃”だ。「今、コロナとフィクションを取り巻く関係は複雑で、作家としては『今、此の時』を書くか、いっそ大胆に時間軸を飛ばして『未来』に設定した方が、現実との齟齬が出ず、好ましい事は承知しているのですが、敢えて『至近未来』を選択したのは、様々な願いを仮託しての事です。」と阿津川氏が態々断っているのは、「コロナは終息なんかしていないのに、どういう事だろう?」と混乱してしまう読者の事を見越してだろう。確かに普通に読んでいれば、“今”が描かれている感じがするので。
大野探偵事務所は頭脳明晰な所長・大野糺、耳が良いのが取り柄の助手・山口美々香、そして元カウンセラー・望田公彦(もちだ きみひこ)という3人で構成されている。「耳が良い美々香が、常人では聞き取れない音を聞き取り、其れを元に糺が抜群な推理力を発揮する。」というスタイルなのだが、今回は糺が誘拐され、美々香とは離れ離れの状態となっている。「一緒に居ない状況で、彼等はどう謎を解いて行くのか?」というのがキーだし、又、「耳が良いのが取り柄。」という美々香の特徴が“ギミック”となっているのも面白い。
伏線の敷き方と其の回収は上手いのだが、納得出来ない点も在る。一部ネタバレになってしまうけれど、「モールス信号」というのが重要な役割をしており、「〇の垂れ方を、そんなに上手く“調整”出来るか?」と思ってしまうから。又、或る人物が或る人物で在る事を“偽装するトリック”も、使い古された物で在ったのが残念。
総合評価は、星3つとする。