ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

60年の歴史に

2016年07月18日 | スポーツ関連

「半年レギュラー・シーズンを闘い抜き、日本一の座を目指すプロ野球。」も好きだが、「其の日の試合に全てを懸ける正にサドン・デスの闘いの高校野球。」も好きだ。「レヴェルの高いプロ堪能出来るプロ野球。」に対し、「粗削り乍らも、必死なプレーに一喜一憂させられる高校野球。」。結果に涙する機会は、高校野球の方が明らかに多い。

 

今夏限りでの休部が決まっているPL学園が、15日に行われた「第98回全国高校野球選手権大阪大会」の初戦の2回戦で敗退となった。1983年から1985年、“KKコンビ”を擁し、圧倒的な力を発揮していたPL学園をリアル・タイムで見て来た人間としては、「部員が、3年生の12人だけ。」や「初戦で撤退。」というPL学園は、とても信じられない現実で在る。

 

1962年の「第34回選抜高等学校野球大会」に初出場して以降、合計で37回出場し、積み上げて来た勝利数「96」は歴代3位。又、勝率「.762」(96勝30敗)は、50勝以上挙げているチームでは1位なのだそうだ。

 

一昨昨日の試合には、PLOBの元プロ野球選手も何人か観戦していた。2年前の記事「“夏の甲子園”に関する彼此」で紹介したが、(2年前の時点では)夏の甲子園に出場した高校で、プロ野球選手を多く輩出しているベスト10では、70人を輩出したPL学園が断トツの1位。という結果に。此方を見て戴ければ判る様に、錚々たる顔触れで、一時期は球界の一大勢力誇っていた。然し今や、球界の一大勢力は此方に在る様に、大阪桐蔭高校のOBという感じに。

 

PL学園野球部の衰退が始まったのは、2001年に6ヶ月の対外試合禁止処分を受けたのが切っ掛けだった。上級生による下級生への度重なる暴力事件が発覚し、野球部のイメージが悪化。有望な選手が次々と他校に流れた結果、21世紀に入って以降、PL学園が高校野球で8強入りしたのは僅か1度。2015年4月、新入部員の募集は停止され、今回の休部に到る事に。

 

PL教団の3代目教祖が体調を崩した事で、教祖夫人が実権を握っているとされる。彼女が野球嫌いという話も在るが、「PL教団の信者数が激減している事から、広告塔としての野球部に価値を見出せなくなった。」というのも、休部に結び付いたという報道が。PL教団の信者数は全盛期に約250万人とされていたが、2014年末の段階では約90万人激減したそうだ。全盛期から約65%も減ったというのは、“経営面”からも大打撃だろう。

 

創部から60年。PL学園の野球部が此の儘「休部→廃部」となってしまったら、高校野球のファンとしては何とも寂しい話で在る。


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