「何か面白い小説がないかな?」と書店内を歩き回っていた所、全く知らない名前の作家の作品が山積みされていた。傍にはコピーされた記事が貼り出されており、「何だろう?」と思って見ると、其の作品を取り上げた某週刊誌の書評で、「日本人作家の叙述トリックの原点は此処。」等の絶賛が。作品のタイトルは「模倣の殺意」で、著者の中町信氏は4年前に74歳で亡くなられている。
31歳の時に勤務していた教科書会社を辞め、アルバイトをし乍ら小説を書いていた彼。36歳の時に「第17回(1971年)江戸川乱歩賞」に応募して候補に残り、受賞はならなかったものの、翌年の1972年に雑誌「推理」に連載となったのが「模倣の殺意」(江戸川乱歩賞応募時のタイトルは「そして死が訪れる」。)。一般的な知名度は低かった彼を蔭で支え続け、10年前に61歳の若さで亡くなった彼の妻は生前、「貴方の初期作品は、貴方が死んだ後で評価されると思う。」と言っていたのだとか。彼女の予言は、的中した訳だ。
*********************************
7月7日の午後7時、新進作家、坂井正夫(さかい まさお)が青酸カリによる服毒死を遂げた。遺書は無かったが、世を儚んでの自殺として処理された。
坂井に編集雑務を頼んでいた医学書系の出版社に勤める中田秋子(なかだ あきこ)は、彼の部屋で偶然行き合わせた遠賀野律子(とがの りつこ)の存在が気になり、独自に調査を始める。
一方、ルポライターの津久見伸助(つくみ しんすけ)は、同人誌仲間だった坂井の死を記事にする事を雑誌社から依頼され、調べを進める内に、坂井が漸くの思いで発表に漕ぎ着けた受賞後第1作が、然る有名作家の短編の盗作で在る疑惑が持ち上がり、坂井と確執の在った編集者、柳沢邦夫(やなぎさわ くにお)を追及して行く。
*********************************
何しろ42年前に書かれた小説なので、登場する事物や物の値段等、「時代」を感じてしまう面は在る。当時の記憶が在る自分なんぞは懐かしさを感じてしまうのだが、若い子は逆に新鮮さを感じるかも。文章にぎこちなさが在るのは、デビュー作という事を考えれば仕方無いだろう。
「叙述トリックとは何か?」に関しては此方を読んで戴ければと思うが、「模倣の殺意」内で用いられた叙述トリックには、比較的早い段階で見破る事が出来た。同様の手法が用いられた作品を、過去に幾つか読んでいたので。だから「遣られた!」という驚きは全く無かったのだけれど、驚くべきなのは「此の作品が書かれたのは42年前で在り、叙述トリックを日本で用いた先駆け的存在。」という点。
詰り、上で「同様の手法が用いられた作品を、過去に幾つか読んでいた。」と記したけれど、「『模倣の殺意』が其れ等の作品を真似たのでは無く、其れ等の作品が『模倣の殺意』を真似たと言える。」事が驚きなのだ。「今」は比較的早い段階でトリックを見破る事が出来たけれど、では「42年前に見破られたか?」となると、正直見破られなかったと思うし、「此のトリックは凄いな!」と感嘆した事だろう。「模倣の殺意」は、時代の先を行き過ぎていたのかもしれない。
数多のミステリーを読み漁って来た「今」となると、総合評価は低くせざるを得ない。星3つ。
今は「大御所」と呼ばれる様な作家の若かりし頃の作品を読むと、感慨深い思いになる事は結構在りますね。概して文章等に拙さを感じるものの、「若さ故の魅力」に溢れていたりもする。西村京太郎氏は好きな作家の1人では在りますが、或る時期からの彼の作品には、言葉は良くないけれど“遣っ付け仕事”的な部分が感じられる様になり、文章に硬さが在りはするものの、「四つの終止符」や「天使の傷跡」、「汚染海域」等の初期作品が懐かしくなったりします。
叙述トリックものはあまり読んでないので何とも言えないのですが、率直な感想としては、コレがアリなら何でもアリじゃないの?って感じ。
「殺戮にいたる病」とか「星降り山荘の殺人」は心地よいヤラレタ感があったんですけどね。
「此れが在りなら、何でも在りじゃないの?」
というのは、此の作品の本質を捉えているかもしれませんね。
唯、此の作品が43年前に著された物というのは、一考に値するかもしれません。「フェアか?アンフェアか?」で大論争を巻き起こしたアガサ・クリスティー女史の小説「アクロイド殺し」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E6%AE%BA%E3%81%97)も、今となってはそんなでも無いけれど、当時としては良くも悪くも「斬新な内容」だったと思うのです。