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不世出の絵師、河鍋暁斎が死んだ。残された娘のとよ(暁翠)に対し、腹違いの兄・周三郎(暁雲)は、事在る毎に難癖を付けて来る。早くから養子に出された事を、逆恨みしているのかも知れない。
暁斎の死によって、此れ迄河鍋家の中で辛うじて保たれていた均衡が崩れた。兄は素より、弟の記六は根無し草の様な生活にどっぷり浸かって頼り無く、妹のきくは病弱で長くは生きられそうも無い。河鍋一門の行く末は、とよの双肩にか掛かっているのだった。
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第165回(2021年上半期)直木賞を受賞した小説「星落ちて、なお」(著者:澤田瞳子さん)を読了。此の作品を読む迄全く存在を知らなかったのだが、「幕末から明治に掛けて活躍した浮世絵師&日本画家に、河鍋暁斎という人物が居た。」と言う。狩野派の流れを汲んではいるが、様々な分野の絵を描く彼は、“画鬼”と称されていた。絵を描く事に命を懸け、家庭を顧みる事が無かった彼は、57歳の若さで病没する。そんな彼の娘で、後に河鍋暁翠と呼ばれる事になるとよを主人公とした作品だ。
生涯に3人の女性を娶り、全てを早くに亡くした河鍋暁斎。作品の中では「とよには兄・周三郎、姉・とみ、弟・記六、そして妹・きく。」が存在し、5人兄弟という設定になっている。「5歳で養子に出されるも、17歳で養子先から戻り、暁斎の弟子となった周三郎は、同じ絵師の道を歩むも、父を酷く憎んでいる。」、「とよが物心付く前に祖母の元に引き取られ、其の儘他家に嫁いだとみは、実家に寄り付こうとしない。」、「妹のきくと共に父の扶育の下に育ち、5歳の春から父より絵の手解きを受けて来たとよは、父のみならず、兄にも絵の才能で劣っている事に悩んでいる。」、「早くに遠縁・赤羽家に養子に出された記六は、自堕落な生活を送っている。」、「幼い頃から病弱なきく。」という兄弟達は、とよときく以外は仲が良いという状態には無い。そんな状態になったのは、「絵を描く事に命を懸け、家庭を顧みる事が無かった父の存在。」が大きい。
6つの章で構成されている。話は「明治22年(1889年)春」に始まり、「明治29年(1896年)冬」、「明治39年(1906年)初夏」、「大正2年(1913年)春」、「大正12年(1923年)初秋」、そして「大正13年(1924年)冬」と6つの時代が舞台となっている。明治22年には22歳だったとよも、大正13年には57歳に。章と章との間には「1~10年」の開きが在るのだけれど、次の章で其の間に起こった出来事(人の生き死に等)がさらっと記されている事で冗長さが無くなり、文章のテンポの良さを生み出している気がする。
幕末から明治維新を迎え、世情は様々な面で大きく変わって行く。江戸時代にはもて囃された狩野派も、明治維新によって西洋画が流れ込んで来た事で、“古臭い存在”になってしまう。斬新さで注目を集めていた河鍋暁斎の絵も、亡くなった明治22年の時点では“古臭い存在”に。そして、明治維新によって“流行の先端とされた絵の技法”も、時が過ぎ行く中であっと言う間に“古臭い存在”になって行く皮肉さ。
皮肉と言えば、父を酷く憎んでいた周三郎が、結局は死ぬ迄“父の技法”を追い求めていた事。そんな兄を嫌悪し、又、「自分を後継者にしたかっただけ。」と思われる父にも複雑な思いを持っていたとよも、結局は父や兄の“呪縛”から逃れられなかった事を合わせ、何とも言えない皮肉さを感じる。
“時代”と“家族”に翻弄され続けた者達。読み物として、凄く読み応えが在る。彼等が実在人物だった事を知り、一層印象に残る内容だった。
総合評価は、星4つとする。