「スメハラ」なる用語が在る事を、初めて知った。週刊朝日に脚本家の内館牧子さんが「暖簾にひじ鉄」というコラムを連載しており、其の内容が面白いので当ブログでも過去に何度か紹介させて貰っているのだが、5月24日号のタイトルが「スメハラ」。実は内館さんも、此の用語を最近知ったと言う。
「セクハラ」や「パワハラ」、「モラハラ」等は人口に膾炙した感が在るけれど、「スメハラ」は「スメル・ハラスメント」、即ち「匂いによる迷惑行為」を意味するそうだ。「足の匂い」や「口臭」、「腋臭」、「体臭」、「加齢臭」、「老臭」等が当該。昔、身動きが取れない程の満員電車の中で、隣に立っていたおっさんから強烈に甘ったるい香水の匂いが、「此れでもか!」と言わん許りに漂って来て、申し訳無いけれど吐き気を催してしまった事が在ったが、彼なんかもスメハラという事になるのだろう。
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スメハラが、セクハラやモラハラなどと大きく違う点のひとつは、本人は気づいていないということだろう。セクハラはもとより、モラハラ、パワハラにしても、自分で意識してやっている。セクハラはもとより、モラハラもパワハラも、その意識的な行為に快感を覚えていることも、少なからずあるだろう。加えて、セクハラにもパワハラにも、行為者の悪意がある。
だが、スメハラは違う。多くの場合、他人から指摘されない限り、口臭も体臭もその他の臭いも、本人は気づいていない。人間は、自分が発するにおいをキャッチできないとしか思えないのだが、無意識の迷惑行為である。「悪意のない犯罪」である。
他人が指摘しにくい理由のひとつに、どこかで「もしかしたら私もそうかも。」と思っていることも挙げられそうに思う。自分のにおいには気づかないという怖さを、ほとんどの人はわかっているからだ。
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以前の職場で、腋臭が強烈な人が居た。其の人が数m内に近寄って来たら、背後で在っても「XXさんだ。」と判る程の強烈さだったが、流石に面と向かって指摘する人は居なかった。自分(giants-55)も軽い腋臭なので、其れ以前から1年を通して制汗剤を使う等の対処をしていたが、以降はより小忠実に対処する様になったもの。
記事の中で内館さんが指摘している様に、子供の世界では「臭い。」という事で、虐めに遭う事が在る。毎日風呂に入り、歯磨きもきちんとする等、本人は非常に気を付けているのに、「臭い!」と同級生から残酷な虐めに遭い、自殺に追い込まれた子も。実際には臭く無いのに、虐めの道具として「臭い」というのが使われた訳だ。
そして内館さんは、過去の経験談を記している。
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もう35年近く昔のことだが、私にA子という友人がいた。彼女は地方都市の出身で、東京で働いていた。ある時、A子は私を実家に連れて行ってくれた。
広い敷地に建つ立派な屋敷には、A子の両親と妹、そして祖父が一緒に暮らしていた。祖父はA子の母親の実父である。
A子の家族は私を大歓迎してくれて、祖父も嬉しそうに自分の部屋から出てきた。久々に会う孫娘が、友達を連れて来たというので嬉しかったのだろう。
ところが、祖父がリヴィングに入るなり、A子の母親が叫んだ。「お父さん、くさいからあっち行ってッ!お客がいる時は、特に出て来るなって言ってるでしょッ!ああくさいッ。行って。」。
実の父にこう言った。祖父は何ひとつ反論せず、「うん・・・。」と言って、きびすを返した。その背に母親は、「ドア、ちゃんと閉めてよ。においがこっちに出てくるから。」。
祖父は曲がった腰で、自分の部屋に戻っていった。私はその場にいたたまれず、A子も、「お母さん、あんな言い方しちゃ、お祖父ちゃんが可哀想だよ。」と言ったが、母親はまったく悪気がないようで、バタバタと窓を開け、空気の入れかえに余念がなかった。夕食の時も、祖父は部屋に運ばれたものを一人で食べており、母親は、「いつも運ぶの。ホントにあのにおい、たまらないんですよ、私。」と、まさにスメハラに悩んでいるのがわかった。*1
とはいえ、A子にも私にも、あの言葉はいじめに聞こえた。だが、実の娘であればこそ、ああいうことをストレートに言えて、父親であればさほどのショックは受けないのだろうか。そう思いたいが、「うん・・・。」とだけ言って自室に戻っていった後ろ姿を今も思い出す。その後、A子は外国で結婚し、音信不通だ。母親は亡くなったと聞いた。
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自分も過去に、似た様な光景を目にした事が在る。矢張り、凄いショックを受けた。実の娘から「臭いって!」と母親が責められていたのだが、血が繋がった娘からそう言われているのは、第三者としても堪らない思いが在った。
其の家庭には、其の家庭の人間しか判り得ない事情が在る。仮令どんなに仲が良い親子で在っても、親の介護に忙殺されれば、「死ね!」といった言葉を子供が吐いてしまう事だって在るだろう。非常に残酷な言葉で許し難くは在るけれど、でも親に対してそういった残酷な言葉を吐かざるを得ない程、肉体的にも精神的にも追い詰められてしまった子供の気持ちも又、痛い程判ったりする。実父に対して辛辣な言葉を投げ掛けた件の母親も、第三者からは判り得ないスメハラに悩んでいたのかもしれないが、何とも遣る瀬無い話では在る。
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生まれたばかりの赤児は「おっぱいくさい」と言われ。可愛がられる。中学生くらいになると、少年も少女もどこか「埃くさい」。そして、高校生や大学生になると「汗くさく」なり、やがて「男くさく」、「女くさく」の盛りを迎える。そして「加齢臭」の道を進み、果ては「老臭」だ。「おっぱいくさい」を起点に懸命に生きてきて、行きつく果てが「老臭」として忌み嫌われるのかと思うと、何ともやるせない。
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「老い」は、誰もが通過する道。本人が明々白々に“最低限のケア”を怠っている場合(“最低限のケア”すらも行えない状況は、又、話は別だが。)はスメハラと言われてしまっても仕方無いと思うが、そうじゃなかったら将来の自分の姿”を思い浮かべ、「黙って、気にしていない素振りを見せる。」のが、“美しい国”に住む人々のコンセンサスで在って欲しい。
*1 昔、「御祖父ちゃんの御口、臭~い!」というCMが在ったけれど、ああいうCMは今じゃあ大問題になりそう。
特に口臭は口と鼻が外部で接近しているばかりでなく、口腔内で繋がっているので尚更。
セクハラやパワハラも、すべてが意識的に行われているとは限らないのでは?
特にセクハラはある年代以上の男性たちにとっては、それが嫌がらせになっているとは思いもよらず、という傾向があるようですね。女性に対する一種のサービスとでも言う感覚で・・・ま、モラルの問題ですが。
セクハラの判断が(当人にとって)難しいのは、する側とされる側の人間関係にもあって、同じ言動でも密かに思いを寄せている相手からと、あまり気が合わない相手からでは受け取り方が正反対になるでしょうから。
「嗅覚が、臭いに麻痺している。」、そういうケースは在るでしょうね。逆に自分の場合もそうかもしれませんが、「他者からの強烈な臭いを意識してしまった余り、自分自身の体臭に過敏になってしまう。」というのも在る。此れは、行き過ぎてしまうと精神的にまずいのでしょうが。
「セクハラやパワハラも、全てが意識的に行われているとは限らないのでは?」、此れも其の通りでしょうね。昔は上司が肩に手を遣り、軽く肩揉みし乍ら、「仕事はどうだ?」なんぞとスキンシップを図るのが普通でしたし、そういう仕草に対して自分は当時も今も何とも思わない、否、寧ろ嬉しかったりもするのですが、今じゃあセクハラと取られるケースも在るみたいですし、こういうのは何か寂しいですね。
時代と共に「受け取り方」が変わるのは良く在りますが、杓子定規に「此れは全て悪!」としてしまうのも考え物ですね。
老臭、加齢臭も嫌われるが若い男子の体臭も嫌がられるし、子供のミルク臭も嫌う人は多い。香水臭も実は嫌われやすい。香水の強烈な人は陰口叩かれることが多いし、私が子供の時分、おそらく単なるトニックだったと思うんですが、ブルジョワ家庭の息子で片手間に学校教員やっているような人が学校にいて、今思うと単なるトニックだったと思うんですが、その香りが「臭い」と嫌われていました。服が田舎教師には珍しくキザ(に見えた)、というのも嫌われる原因でしたが、坊ちゃん育ちらしく人柄は悪くなかったですけどね。その先生は今思うと気の毒だけど、エレベーターに乗った時に前に乗った人の強烈な香水臭やタバコ臭が残っていると嫌なもんですよね。
加齢集や体臭よりも
人工の芳香剤系統(化粧品も香水も含む)の匂いのほうが
たまらないのであります。
数年前、混雑してる一般車両に駆け込んで乗ったら
(隣が女性専用車両)
初老の男性に
「女性専用車両に乗ればいいだろ」
と難癖をつけられまして、
「女性専用車両に乗ると化粧品の匂いで頭痛がするんですが」
と言ったら、それ以上何も言わずにその男性黙りこくりました。
ええ、実際うっかり女性専用車両に数駅分乗ったら一日頭が痛くなることすらあります。
「子供怒るないつか来た道 年寄り笑うないつか行く道」
しかしいたたまれませんね
しかしこの母親も他人の目前で実の父親を臭いから向こうに行けとは空気が読めない人ですね
また御祖父さんもある意味空気が読めない方ですね普段の自分の扱われ方を考えたら人前に出ない方が最善だと
まぁ御祖父さんの肩を持つなら不当な扱いに甘んじる必要は全く無いですけどね
この母親は他人にもズバズバと「臭いからあっちに行って下さい」とか相手に分かる様な露骨な態度を取るとしたら怖いですね(臭いの程度にもよりますけど)
ヒネクレ者の俺が御祖父さんの立場なら「ワシは町や山で迷子や遭難してもすぐに警察犬に見つけてもらえるわい」だけど「かくれんぼでは一番最初に見つかってしまうわい」とのたまいます
昔から騒音殺人(ピアノなど)は有りますが今後は嫌臭殺人が増えるかも知れませんね・・・無いか
臭いに関する好き嫌いって、人によって当然異なりますし、香水や化粧品で言えば、付けている人間は「香しい臭い」と思っているで在ろうから、厄介と言えば厄介ですね。
煙草の臭いも愛煙家にとってみたら何とも思わない(又は、好ましい臭い)と感じるのだろうけれど、嫌煙家からすると彼の臭いの中にずっと居る状況は、地獄以外の何物でも無い。自分がパチンコをしなくなった理由の1つも、煙草の臭いが髪や服に付いて、其れが堪らなく嫌だったというのが在りますし。
化粧品や香水なんぞは、付けている人間は「最高に良い臭い」と思っているでしょうから、其れが不快に感じられる方にとっては注意も出来ないし、本当に困りますよね。記事でも触れたけれど、昔、電車内で御菓子の様な甘ったるい、其れも半端じゃ無い程強烈な臭いの香水を付けたおっさんが隣に立った為、申し訳無いけれど、気持ち悪くて気持ち悪くて吐き気を催した事が在ります。空いているなら別の場所に逃げられたのですが、生憎の超混雑振りで逃げられず、“地獄の時間”を過ごしました。
以前にも触れたのですが、コーヒーの臭いを嗅ぐと吐き気を催したり、アレルギー症状が出るという知人が居ます。昔は普通にコーヒーを飲んでいたし、「神経過敏なんじゃないの?」と笑っていたのですが、ネット上でそういう酷い症状が出る人が結構居る事を知り、「悪い事を言ってしまったなあ。」と猛省。人によっては「香しい臭い」でも、人によっては「体調を崩させる武器」にも成り得るんですよね。
ドラマ「3年B組金八先生」の大ファンで、第1シリーズから最終シリーズ迄全て見ました。何のシリーズか忘れたのですが、其の中で「子供怒るな、何時か来た道。年寄り笑うな、何時か行く道。」という言葉が紹介され、凄く印象に残っています。金持ちになったり、貧乏だったりと、人は様々な人生を送る訳ですが、「人として生まれ、人として死ぬ。」という事だけは、誰にも平等に訪れる事なんですよね。
「ワシは町や山で迷子や遭難しても、直ぐに警察犬に見付けて貰えるわい。」等の言葉、“良い意味で”昔の「いじわるばあさん」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%8F%E3%82%8B%E3%81%B0%E3%81%82%E3%81%95%E3%82%93)的な強さを感じさせ、良いですね。社会が閉塞状態に陥ると、概して弱者叩きで鬱憤を晴らそうとする輩が増えるもの。残念だけれど、我が国も其の例外では無くなって来ている気がしますが、不毛な弱者叩きを少しでも減らす努力を社会で行うと共に、弱者の側も“いじわるばあさん”的な強かさを持って欲しいとも。(悪事を働けという事では決して在りません。)