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渓本亜紗(たにもと あさ)は、茨城県立砂浦第三高校の2年生。顧問の綿引(わたびき)先生の下、天文部で活動している。コロナ禍で部活動が次々と制限され、楽しみにしていた合宿も中止になる中、望遠鏡で星を捉えるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」も、今年は開催出来ないだろうと悩んでいた。
安藤真宙(あんどう まひろ)は、渋谷区立ひばり森中学の1年生。27人しか居ない新入生の内、唯一の男子で在る事にショックを受け、「長引け、コロナ。」と日々念じている。
佐々野円華(ささの まどか)は、長崎県五島列島の旅館の娘。高校3年生で、吹奏楽部。旅館に他県からの御客が泊っている事で親友から距離を置かれ、遣り切れない思いを抱えている時に、クラスメーイトに天文台に誘われる。
コロナ禍による休校や緊急事態宣言、此れ迄誰も経験した事の無い事態の中で、大人達以上に複雑な思いを抱える中高生達。然し、コロナ禍ならではの出会いも在った。リモート会議を駆使して、全国で繋がって行く天文部の生徒達。スターキャッチコンテストの次に彼等が狙うのは・・・。
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辻村深月さんの小説「この夏の星を見る」は、「コロナ禍で鬱屈した日々を送る学生達が、“天体観測”という行為に目覚め、そして前向きな気持ちへと変わって行く姿を描いた作品。」だ。
コロナ禍が長期に亘る中、我々の生活様式は大きく変わって行った。でも、「変わって行ったのは、生活様式だけでは無い。」という事を、此の作品で気付かされた。「これって役に立つのか、何のためなのか。―将来、何かの役に立つのか、受験の足しになるのか、みたいなことを、前より考えるようになっちゃった気がして。」という後輩の言葉に対し、「みんな、ステイホーム期間があったり、家で時間を持て余した期間もあったはずなのに、不思議なものですけど、今、何が役に立つのか、何をすべきなのかに、より追い立てられるようになった感じは確かにありますね。」と先輩が返すシーンが在るのだけれど、“目先の事にだけ関心が向き勝ちな近視眼的思考”というのは、確かにコロナ禍で増して行った様に思う。
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・季節ごとに見られる星が移ろい、空から消えることを「沈む」、現れることを「のぼる」というのだ。自分たちがいる地球が確かに回っていて、空も回っていくのだ、と実感する。季節の花が地上で変わるように、空にもはっきりと四季の風景がある。
・「現実的に進路を考えると、好きなことと向いていること、得意なことや苦手なことのギャップで苦しむ時も来るかもしれない。好きだけど、進学先や、職業にするには向いていない、ということもひょっとするとあるかもしれません。だけど、もし、そちらの方面に才能がない、と思ったとしても、最初に思っていた『好き』や興味、好奇心は手放さず、それらと一緒に大人になっていってください。」。
・「おんなじ太陽系の星でさえ、まだ観測しきれてないんだったら、木星とか行くのなんて、人類にはやっぱ無理なのかな。」。真宙が言うと、森村(もりむら)先生がまた笑った。「どのみち木星に降り立つのは無理だよ。太陽系の木星より先の惑星は、だいたいガスだから。」。「へ!?」。「木星や土星はガス惑星と呼ばれてて、木星の主成分は水素とヘリウムガス。だから、観測カメラなんかを飛ばしても、中に入った時点できっと壊れちゃって、最後の映像を送るのが精一杯ってところだろうなぁ。」。「ええー、あんなにはっきり見えるのに、あれ、ガスなんですか!?」。「地面とかないってこと!?」。驚いたのは真宙だけではなかったようで、天音(あまね)や鎌田(かまた)先輩までそう言う。二人は真宙よりだいぶ理科系のことに詳しいだろうと思っていたのに、それでもそんなふうに驚くなんて意外だ。「びっくり。」。真宙も呟く。「どの星も―酸素とか、重力とかなくても、宇宙服とか着ていれば、今は行くのが難しくても、普通に着陸できるもんだと思ってた。」。
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天体に関する知識は大して無い自分だが、「太陽系の木星より先の惑星は大体瓦斯で出来ており、陸は存在しない。」と初めて知った時、「そうだったんだ!」と頭を殴られた様な衝撃が在ったっけ。
登場する中学生や高校生の“熱量”と“純さ”が、何とも眩しく感じる。「此の年頃だった時、自分もそんな感じだったなあ。」という懐かしさも。在り触れた言い方で言えば、「此れぞ“青春”!」なのだけれど、天体観測のイヴェントに良く参加されている悠々遊様の記事を読ませて戴いていると、老若男女を問わずに天体観測にワクワク&ドキドキされている雰囲気が犇々と伝わって来て、「青春って、若い人だけの物では無いのだなあ。」と痛感させられる。
新型コロナウイルス感染症という“大災厄”によって、我々は多くの物を失った。勿論、人命もだ。でも、失った物だけでは無く、新型コロナウイルス感染症によって新たに得た物も在る筈だ。そう前向きに捉えて行かないと、約4年間の日々が全く無為な物となってしまう。其れは、余りに悲しい事だ。
とても良い作品。特に天体観測に少しでも興味が在る方ならば、ぐっと来る物が在る事だろう。総合評価は星4.5個とする。