「戦後半世紀以上も経って、日本の社会構造が様変わりした中で、戦後期の特徴的な事件を振り返って見る事によって、其処に日本人の意識や価値観の特質や変化を捉え、これからの国の在り方や個人の生き方を考える上での方向性を掴ももうとする事に主眼が在った。」ノンフィクション作家の柳田邦男氏が編者となった「心の貌(かたち) 昭和事件史発掘」は、この「温故知新」の精神に基づいている。「昭和」という時代に起きた12の事件や出来事を、事情に詳しい人や専門家を交えて検証する事で、事件の背景或いは深層に染み付いている日本人の普遍的な「心の貌」を浮かび上がらせようとした試みで在る。取り上げられている12の事件や出来事は以下の通り。
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第1章 光クラブ事件
第2章 金閣寺放火事件
第3章 草加次郎事件
第4章 「暁に祈る」事件
第5章 下山事件
第6章 造船疑獄
第7章 山一日銀特融
第8章 三井三池炭塵爆発
第9章 三河島事故
第10章 伊勢湾台風
第11章 御成婚とミッチーブーム
第12章 東京五輪女子バレー
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本の冒頭で編者は「最近人々の耳目を集める事件は、凶悪犯罪にしろ少年犯罪にしろ、企業人や官僚の不正事件にしろ、驚く様な特異な側面を持っている物が多い。しかし、昭和・平成を同時代として生きて来た眼で見ると、表面的には新奇に見えても、本質的な所では嘗て類似の事件が起きていた様に思える例が少なくない。」と記している。そしてこの本を読み終えた時に自分が感じたのも、「時代は変わっても、人間が本質的に抱える物というのは然程変わらないのだなあ。」という事だった。12の事件や出来事をセンセーショナルに取り上げる事無く、全くその事件等に知識が無い者にも判る様にさらっと説明した上で、淡々と分析して行くというスタイル。「この事件や出来事の背景には、こんな事実が在ったのか。」とか「こういう見方も在るのか。」と思わされつつ、すいすいと読み進めてしまった。
その詳細は実際にこの本を読んで戴くとして、興味深く感じられた部分を幾つか紹介してみたい。
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① 光クラブ事件
ライブドアの堀江貴文元社長がマスメディアを賑わし出した頃、その拝金主義にして人を人も思わぬ様な言動に、終戦の混乱期に存在した光クラブの社長・山崎晃嗣氏の姿を思い重ねた人が少なくなかった。現役の東大生だった彼は高利な闇金融会社を運営、「私は法律は守るがモラル、正義の実在は否定している。合法と非合法のスレスレの線を辿って行き、合法の極限を極めたい。」と豪語し、一躍時代の寵児に。しかし、余りに悪辣な手法に司直の手が及ぶ所となり、光クラブは凋落の一途を辿り、会社設立から1年2ヵ月後に山崎は青酸カリにて服毒自殺してしまう。26歳という若さで人生を終えた彼は、何故ここ迄に露悪的な生き方をしたのか?その要因として以前から指摘されていたのは、彼が軍隊時代に巻き込まれた「物資横流し事件」。東大に入って直ぐ、学徒出陣で陸軍の主計将校となった彼は、終戦時に上官達がぐるになって行った軍の物資の横流しの責任を全て自分に負わされて逮捕されてしまう。その事がトラウマとなり、その後の彼の人生観を大きく変えたという物だった。
しかしノンフィクション作家の保阪正康氏は、幼児期から東大迄ずっと山崎氏と一緒だった友人兄弟に会って話を聞き、もっと強烈な軍隊体験が彼には在った事を突き止める。山崎氏が復員するや、その友人(正確に言えば友人の弟)に涙乍らに話した体験。彼にはKという一高時代からの友人が居たのだが、軍隊内部のリンチによって殺害されてしまう。「風呂が沸いたから入れ。」という上官の命令でKが風呂桶に飛び込んだ所、中は冷水だった為に心臓麻痺で亡くなってしまったのだ。友人がリンチにて殺されたというショックに加え、更に山崎の心を追い込んだのは、事件の隠蔽工作を上官から命じられた事だった。既に死んでいるKをまるで生きているかの様にして病院に運び、医者に因果を含めて、原因不明の心不全という嘘の死亡診断書を書かせなければならなかった彼。親友に対する“裏切り行為”を強いられた彼の怒りは相当な物だったという。其処迄強烈な体験が在ったと知ると、「彼は露悪的な生き方をせざるを得なかったのかなあ。」と同情の思いも。
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第1章 光クラブ事件
第2章 金閣寺放火事件
第3章 草加次郎事件
第4章 「暁に祈る」事件
第5章 下山事件
第6章 造船疑獄
第7章 山一日銀特融
第8章 三井三池炭塵爆発
第9章 三河島事故
第10章 伊勢湾台風
第11章 御成婚とミッチーブーム
第12章 東京五輪女子バレー
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本の冒頭で編者は「最近人々の耳目を集める事件は、凶悪犯罪にしろ少年犯罪にしろ、企業人や官僚の不正事件にしろ、驚く様な特異な側面を持っている物が多い。しかし、昭和・平成を同時代として生きて来た眼で見ると、表面的には新奇に見えても、本質的な所では嘗て類似の事件が起きていた様に思える例が少なくない。」と記している。そしてこの本を読み終えた時に自分が感じたのも、「時代は変わっても、人間が本質的に抱える物というのは然程変わらないのだなあ。」という事だった。12の事件や出来事をセンセーショナルに取り上げる事無く、全くその事件等に知識が無い者にも判る様にさらっと説明した上で、淡々と分析して行くというスタイル。「この事件や出来事の背景には、こんな事実が在ったのか。」とか「こういう見方も在るのか。」と思わされつつ、すいすいと読み進めてしまった。
その詳細は実際にこの本を読んで戴くとして、興味深く感じられた部分を幾つか紹介してみたい。
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① 光クラブ事件
ライブドアの堀江貴文元社長がマスメディアを賑わし出した頃、その拝金主義にして人を人も思わぬ様な言動に、終戦の混乱期に存在した光クラブの社長・山崎晃嗣氏の姿を思い重ねた人が少なくなかった。現役の東大生だった彼は高利な闇金融会社を運営、「私は法律は守るがモラル、正義の実在は否定している。合法と非合法のスレスレの線を辿って行き、合法の極限を極めたい。」と豪語し、一躍時代の寵児に。しかし、余りに悪辣な手法に司直の手が及ぶ所となり、光クラブは凋落の一途を辿り、会社設立から1年2ヵ月後に山崎は青酸カリにて服毒自殺してしまう。26歳という若さで人生を終えた彼は、何故ここ迄に露悪的な生き方をしたのか?その要因として以前から指摘されていたのは、彼が軍隊時代に巻き込まれた「物資横流し事件」。東大に入って直ぐ、学徒出陣で陸軍の主計将校となった彼は、終戦時に上官達がぐるになって行った軍の物資の横流しの責任を全て自分に負わされて逮捕されてしまう。その事がトラウマとなり、その後の彼の人生観を大きく変えたという物だった。
しかしノンフィクション作家の保阪正康氏は、幼児期から東大迄ずっと山崎氏と一緒だった友人兄弟に会って話を聞き、もっと強烈な軍隊体験が彼には在った事を突き止める。山崎氏が復員するや、その友人(正確に言えば友人の弟)に涙乍らに話した体験。彼にはKという一高時代からの友人が居たのだが、軍隊内部のリンチによって殺害されてしまう。「風呂が沸いたから入れ。」という上官の命令でKが風呂桶に飛び込んだ所、中は冷水だった為に心臓麻痺で亡くなってしまったのだ。友人がリンチにて殺されたというショックに加え、更に山崎の心を追い込んだのは、事件の隠蔽工作を上官から命じられた事だった。既に死んでいるKをまるで生きているかの様にして病院に運び、医者に因果を含めて、原因不明の心不全という嘘の死亡診断書を書かせなければならなかった彼。親友に対する“裏切り行為”を強いられた彼の怒りは相当な物だったという。其処迄強烈な体験が在ったと知ると、「彼は露悪的な生き方をせざるを得なかったのかなあ。」と同情の思いも。