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「すべての生物種の中で、人間だけが同種間の大量殺戮(ジェノサイド)を行なう唯一の動物だからだ。それがヒトという生き物の定義だよ。人間性とは、残虐性なのさ。かつて地球上にいた別種の人類、原人やネアンデルタール人も、現生人類によって滅ぼされたと私は見ている。」
「我々だけが生き残ったのは、知性ではなく、残虐性が勝ったからだと?」
「そうだ。脳の容積は、我々よりもネアンデルタール人のほうが大きかった。確実に言えるのは、現世人類は他の人類との共存を望まなかったということだ。」
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「今年、此れ迄に読んだ小説の中では一番面白い作品だった。」と言えるのが、高野和明氏が著した「ジェノサイド」だ。
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「胸部大動脈瘤破裂」で急死した父・誠治から、送られて来た1通のメールが全ての発端だった。誠治の初七日の法要を済ませた後、創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人の元に届いた父からのメールは、次の文章で始まっていた。
「研人へ このメールが届いたということは、私が5日以上、お前や母さんの前から姿を消しているのだろう。だが心配は要らない。おそらくあと何日かすれば、父さんは帰れるはずだ。」
生前の父が記した、今となっては遺書となってしまったメールは、不可解な内容に終始。訳が判らない儘、メールに書かれた“謎の言葉”を頼りに、隠されていた隠されていた私設実験室に辿り着いた研人。ウイルス学者だった父は、其処で何を研究しようとしていたのか?
同じ頃、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病に冒され、余命幾何も無い息子のジャスティンの治療費を稼ぐ為、或る極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、「人類全体に奉仕する仕事」という事だけだった。イエーガーは暗殺チームのリーダーとなり、戦争状態に在るコンゴのジャングル地帯に潜入するが、其処で知ったのは実に恐ろしい事実だった。
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「大国のエゴ」(ジョージ・W・ブッシュ前大統領がモデルとしか思えない人物が登場したりと、実在の人物達を匂わせるキャラクター設定が良い。)、「創薬」、「少数民族」、「アフリカの内紛」、「ジェノサイド」、「カニバリズム」、「情報戦」等々、多くの問題が取り上げられている。多くの問題が取り上げられているのだけれど、各々がてんでんばらばらに存在しているのでは無く、しっかりとリンクして読み手の頭に伝わって繰るのは、高野氏の筆致力の高さ故だろう。兎に角、あらゆる分野に関して徹底的に下調べが行われたのが判る程、記述は詳細。其れ故にストーリーにリアルさが在るし、緊迫感も相当な物。
コンゴ政府軍を含めた武装勢力が、少数民族のピグミー達を「狩り」、そして彼等の肉を「食糧」にしているという記述には、「本当の話?」と驚きが。調べてみた所、何年か前の新聞に此のニュースが載っていた。己が不勉強さを恥じると共に、「見た目だけでピグミー達を“人間以下の動物”と見做し、『彼等の肉を食せば、神秘的な森の力が体内に宿る。』と信じて、何の躊躇も無く食している人達が居る。」というのは、ゾッとする思いが。
小説を其の儘映像化したならば、恐らくは観客に対する「年齢制限」が設けられる事だろう。少数民族に対する殺戮や強姦のシーンは余りにも生々しく、特に幼子達に関する其れは、読んでいて眉間に皺が寄ってしまう程に悍ましいから。
「其の通りだな。」と思わせられる記述が多いけれど、次の記述なんぞも其の1つ。
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ネオナチや白人至上主義者など、己の暴力衝動を政治思想に仮託する似非右翼には、共通の心性がある。自尊心の歪んだ発露である。彼らは成育歴などの問題から自己を直接肯定することができないため、自分の所属する集団を全肯定した上で、その集団の成員である自分は素晴らしいという論法を取る。しかし実際は、彼らの関心が自分自身にしか向けられていないのは明白で、その証拠に似非右翼の攻撃の矛先は主義主張に異を唱える同胞たち、全肯定してみせたはずの集団のメンバーにも向けられる。
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600頁近い長編小説なれど、全く飽きずに読み進められた。取り上げられているテーマが興味深かった事や、じっくり調べ上げた上でのリアルさ、著者の筆力の高さ等が要因だろう。唯、残念なのは「最後の方に、やや端折った感の在った。」という点。全体を10のパートに分けたとすれば、最初から8位迄は実に丁寧にストーリーが描かれているのに、其処から先で呆気無さを感じてしまったので。其のマイナス要素が無ければ満点、即ち「星5つ」与えても良かった。総合評価は「惜しい!」という気持ちを込めて、星4.5個とする。