*********************************************************
此の世に生を享けてからウン十年経つが、脳裏に焼き付いて忘れられないニュース映像が結構在る。「日本航空123便墜落事故」や「三菱銀行人質事件」、「深川通り魔殺人事件」、「豊田商事会長刺殺事件」、「村井秀夫刺殺事件」、「阪神・淡路大震災」、「東日本大震災」等々の関連映像がそうで、余りに衝撃的だった事から、此れからもずっと忘れられないと思う。
*********************************************************
7年前の記事「助かったものの・・・」で、冒頭に記した文章だ。何れも忘れられないニュース映像で在るが、「衆人環視の中で、“事件の渦中に在る人物”が殺害された。」という事では、「豊田商事会長刺殺事件」と「村井秀夫刺殺事件」は強烈な印象を残しているが、特に「豊田商事会長刺殺事件」の方は「『豊田商事会長・永野一男が籠もっていたマンションのドア前に、事件を取材中のマスコミが大勢待ち受けていた所、2人の男が現れ、窓を叩き割って中に侵入。永野会長を刺殺し、彼等がドアを開けて出て来る。』という一連の流れを、マスコミの連中が誰も制止する事無く、淡々と写真や映像に残していた。」【動画】のが、実に不気味だった。「“悪い奴”なのだから、最悪殺されても構わない。“殺される瞬間”が撮れればラッキー!」という思いが彼等に在ったのだろうが、こういう“公開処刑”が普通に放送されるというのは、異常としか思えなかった。
********************************************************
戦後最大か且つ現代の詐欺のルーツとされる横田商事事件。其の目撃者で在り、末端の営業マンで在った隠岐隆(おき たかし)は、嘗ての同僚の因幡充(いなば みつる)と再開。導かれるが儘、“ビジネス”を再興する。
「取り返そうよ、此処らで僕達の人生を。僕と君は、一蓮托生なのだから。」。幾多の修羅を経て、詐欺の魅力に取り憑かれていく隠岐。遂には、“国家”を欺く一大事業へと発展して行くのだが・・・。
********************************************************
月村了衛氏の小説「欺す衆生」は、1980年代前半に発生した「豊田商事事件」、そして1985年に発生した「豊田商事会長刺殺事件」を思わせる「横田商事事件」というのが、“軸”に据えられている。詐欺集団「横田商事」で末端の営業マンとして働き、(横田商事の)野川会長が刺殺される現場を目撃してしまった隠岐。“悪の道”に足を踏み入れてしまったものの、基本的には“小心者”で、「(自分が決めた)一線だけは、踏み越えてはならない。」は、野川会長刺殺後は“堅気の世界”で生きる事を決意するのだが、横田商事時代の同僚・因幡と再会した事で、彼は再び詐欺の世界に戻る事に。悩み、そして迷い乍らも、どんどん深みに嵌まって行く彼。「人を欺く事に、心の痛みを全く感じない登場人物達。」も併せて、“人の弱さと恐ろしさ”を痛感させられる。
********************************************************
人は裏切る。人は欺す。己を、他人を。だから一瞬たりとも油断できない。
********************************************************
「松山ホステス殺害事件」の犯人・福田和子、「ライブドア事件」の堀江貴文氏や自殺した(他殺された?)関係者、「村井秀夫刺殺事件」、「東日本大震災」等々、実在の人物や実際に起こった出来事に付いて触れられている事で、ストーリーに“現実感”が在り、どんどん読み進んでしまう。又、「自分が彼の立場だったら、どうするだろうか?」と、隠岐隆の姿に自分を重ね合わせてしまった。
「家族の為。」と遮二無二に“悪の道”を突き進んで行った隠岐を待ち受けていたのは、余りに残酷な結末。読後の後味は決して良く無いけれど、強く心に残る作品では在る。
年間のミステリー・ランキングでは常連となった月村氏だが、「このミステリーがすごい!2020年版【国内編】」では7位に選ばれたものの、「2020本格ミステリ・ベスト10【国内編】」と「2019週刊文春ミステリーベスト10【国内編】」ではトップ10に入っていない。個人的には「1位に選ばれてもおかしくない程の作品なんだけどなあ。」という思いが。
総合評価は、星4.5個とする。