************************************************
「紙の本を読むたびに私の背骨は少しづつ曲がっていくような気がする。」
井沢釈華(いざわ しゃか)の背骨は、右肺を押し潰す形で極度に湾曲している。両親が遺したグループ・ホームの10畳の自室から釈華は、あらゆる言葉を送り出す。
************************************************
第169回(2023年上半期)芥川賞を受賞した小説「ハンチバック」を読了。著者の市川沙央さんは、「1979年生まれで、筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側弯症及び人工呼吸器使用・電動車椅子当事者。」とプロフィールが記されている。受賞時の会見で御姿を拝見したが、重度な難病を罹患されている事が伝わって来た。
タイトルの「ハンチバック」とは英語で「hunchback」と記し、「背骨上部が大きく湾曲し、背中が丸くなっている人。」を意味する。今は差別用語という事で使われなくなったが、自分が子供の頃に“普通に”使われていた言い方を敢えてすれば「傴僂(せむし)」。主人公の井沢釈華が市川さん其の物とは思わないが、彼女が釈華に自身を投影させているのは確かだろう。
************************************************
厚みが3、4センチはある本を両手で押さえて没頭する読書は、他のどんな行為よりも背骨に負荷をかける。私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、―5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた。
************************************************
「障害者の置かれた環境が、非常に厳しくて辛い。」事は、多くの人が理解しているとは思う。でも、健常者の自分もそうだが、「本当の厳しさや辛さは、実際に障害を持った人で無いと、100%理解出来ない。」のも事実。「目が全く見えない人の厳しさや辛さを頭では理解していた積りだったが、実際に街中で両目を閉じた状態で歩こうとした時、恐怖心から一歩も歩けなかった。」という経験をした事で、自分の認識の甘さを痛感させられた事も在るし。
だから、読書という行為1つ取っても、「健常者で在る自分に傲慢さが在った。」事を、今回気付かされた。そういう意味では非常に勉強になったが、唯、意図して露悪的な表現をしているで在ろう事は判っていても、障害を過度に強調し、健常者を悪し様に捉えている“様な”表現の数々には、正直辟易とさせられた。障害者に障害者の苦しみが在る様に、健常者にも健常者だからこその苦しみが在ると思うのだ。そういう意味も含めて、読んでいて気分が落ち込んで行く一方の内容だった。
総合評価は、星3つとする。