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静かに温めて来た想い。無骨な青年店員・五浦大輔(ごうら だいすけ)の告白は、美しき女店主・篠川栞子(しのかわ しおりこ)との関係に波紋を投じる。
物思いに耽る事が増えた彼女は、遂にこう言うのであった。「必ず答えは出す、唯、今は待って欲しい。」。
ぎこちない2人を結び付けたのは、又しても古書だった。曰く付きの其れ等に秘められていたのは、過去と今、人と人、思わぬ繋がり。
脆い様で強固な人の想いに触れ、2人の気持ちは次第に近付いている様に見えた。だが、其れを試すかの様に、失踪した栞子の母・智恵子(ちえこ)が現れる。
此の邂逅は必然か?彼女は、母を待っていたのか?全ての答えが出る時が迫っていた。
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1冊の本に秘められた謎や秘密を、其の本を見ただけで解き明かしてしまう栞子がシャーロック・ホームズ役ならば、彼女の相棒として共に行動し、そして“事件”の解決迄を見守るジョン・H・ワトスン役は大輔という事になる。唯、ホームズ及びワトスンのコンビと異なるのは、栞子及び大輔の間には“微妙な”恋愛感情が介在する点。そんなコンセプトでストーリーが展開するのが、ドラマ化もされた人気小説「ビブリア古書堂の事件手帖シリーズ」(著者:三上延氏)。
今回読了した「ビブリア古書堂の事件手帖5 ~栞子さんと繋がりの時~」は、シリーズの第5弾に当たる。後書きで三上氏自身が記しているのだが、シリーズとしては終盤に入っているのだとか。新しいキャラクターが登場する一方で、主要な登場人物の1人の“意外な正体”が明らかになる等、確かに終盤に入っている事を感じさせる部分は在る。
プロローグ等を除くと、3つの短編小説で構成されており、何れも「本に対する著者の深い愛情」が感じられ、本好きの自分としては心地良さに浸ってしまうのだが、特に感情移入してしまったのは「第2話 手塚治虫『ブラック・ジャック』(秋田書店)」という作品。
過去に何度か記した事だが、自分は大の手塚作品ファン。其のファン歴は長く、もう40年近くになるだろう。彼の作品から多くを学んだし、「自分の思考体系の根幹は、手塚作品によって涵養された。」と言っても過言では無い。関連本を含めれば、蔵書数は800冊を超え、其れ等を何度読み返した事か。
そんな自分なので、手塚作品や手塚氏自身に関する逸話に溢れた此の作品を、「そうそう、そうなんだよなあ。」なんぞと、ニタニタ笑い乍ら読み進めた。
“漫画の神様”と呼ばれる手塚氏だが、天才には在り勝ちなエキセントリックさも有していた。其の最たる物が、若き才能に対する激しい嫉妬心。台頭して来た若き才能に対し、公の場で理不尽な猛批判をしたり、そういった若き才能を評価する人達を詰ったりし、其の事でトラブルになった事が何度か在ったと言う。猛批判した相手に謝罪したり、大御所的な存在の自分が大人気無い言動をしてしまった事で、物凄い自己嫌悪に陥ったりしていたというのだから、憎めないパーソナリティーでは在る。
手塚氏が若き才能に対して其処迄激しい嫉妬心を燃やしてしまうのは、「常により多くの読者に、自分の作品を受け容れて貰いたい。何時の時代に在っても、現役のクリエーターで在り続けたい。」という欲求が非常に強かったからだ。そんな彼だからこそ、「自身の作品が、“今の人達”に受ける様に。」と、“或る事”を屡々行っていた。手塚ファンにとっては有名な話では在るのだが、其の或る事が、此の作品の重要なキーとなっている。
作中に、「1983年に発行された手塚治虫ファンクラブの会誌」というのが登場。手塚氏の作品「ユニコ」が表紙に描かれ、其のユニコを特集していると記されている号と在り、読者投稿欄にはペン・フレンド(もう死語となってしまった感も在るが。)募集の“具体的な記述”が記されている。
実は自分(giants-55)、件のファンクラブが発足した当初からの会員だったので、会誌は全て保管してある。「実際、本当にそんな内容の物が在るのかなあ?」と気になって、押し入れに仕舞い込んだ会誌を引っ張り出して調べた所、「1983年4月号(1983年3月10日発行。通巻38号。)」が当該。
唯、読者投稿欄に記されていたとする「ペン・フレンド募集の“具体的な記述”」と一致する物は無かった。当然と言えば当然なのだが、興味深かったのは上記した「手塚氏が屡々行っていた或る事」に関し、此の号に触れた記事が在った事。そういった所迄“計算”していたとしたら、三上氏に敬服。
ストーリー展開が巧み。次の展開が気になって気になって堪らなくなる終わり方なのが、実に心憎い。総合評価は、星3.5個とする。