「杞憂」という故事成語が在る。「心配する必要の無い事を、彼此心配する事。」を意味し、元になった故事は次の通り。
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古代中国の殷の時代から戦国時代に掛けて、「杞」という国が存在した。其の杞の国に、「天が崩れて来たら、 逃げる所も無い。どうしよう。」と思い悩み、満足に眠れなくなってしまった男が居た。余りにも窶れ切った様子に、心配した友人が彼の下を訪れる。
「天は大気の集まりで、我々が暮らしているのも大気の中。『天が落ちて来るかもしれない。』等と、心配する必要は全く無い。」と諭した友人に対して、男は「天は大丈夫だとしても、太陽や月等は落ちて来りはしないか?」と問う。
「太陽や月等は大気の中で光っているだけで、落ちる事は無い。心配するな。」と答えた友人に対し、男は更に「それじゃあ、大地が壊れたら、どうする?」と不安を口にする。
「大地は土の塊。大地は四方の果て迄土で満ちており、土が無い所は無い。だから大地が壊れる事は無く、余計な心配はしなくて良い。」と諭した友人に、男は漸とホッとした表情を見せ、「此れで、安心して眠れる。」と答えた。
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不測の事態に備えるのは重要な事なれど、余りに心配し過ぎてしまうのは良くない。況して何時起こるのかも判らない事柄に、彼此思い悩んでしまうというのは、「百害在って一利無し。」と言えるだろう。
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「津波不安 マラソン大会中止 熱海の海岸沿いコース」(9月15日付け東京新聞【夕刊】)
毎年3月の第2日曜に開催される静岡県熱海市の「熱海湯らっくすマラソン」(市等による実行委員会主催)が、津波に備え来年は中止される事が判った。市は参加者の安全に責任が持てないと説明するが、何時起こるか判らない津波を中止理由にする事に、納得出来ない市民も居る。
マラソンは1985年から始まり、来年で29回目。「2km(小学1年~4年)」、「5km(小学5年以上)」、「12km(16歳以上)」、「小学生と親のペアで2kmを走るファミリーの部」が在る。
市が問題にしているのは、最も多い約2千人が参加する12kmの部。観光課によると、全長5.5kmの海岸沿いを往復するが、山側への避難路は3ヶ所しか無く、避難路は其れ其れ1.2~1.9km離れている。
神奈川県西部地震では最短2分間で津波が押し寄せるとされており、コースとなっている海抜平均7mの有料道路「熱海ビーチライン」は、津波に呑み込まれる恐れが在る。今年の大会では避難路に職員を配置し、万が一の際、参加者を誘導する態勢を取った。
しかし、大会後に職員等から、「津波が押し寄せたら、ランナーを避難誘導するのは難しい。」等の意見が出た。齊藤栄市長は「ビーチラインでは充分な避難路が技術的、物理的に確保出来ないと判断した。安全安心を、第一に考えた結果。」と中止理由を説明。再来年以降は、コースの変更等を検討する。
マラソンの集客効果を期待する市内のホテル経営者の男性(46歳)は「安全を建前に話されると、何も言えなくなる。こんな論法では、子供達の修学旅行も中止しなければならなくなる。」と、納得出来ない様子だった。
近年のマラソン・ブームで、申込者数は増えていた。東日本大震災の影響で中止になった昨年は、4,717人がエントリー。今年は、3,252人が参加した。
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参加者の安全を確保するのは大事だけれど、何時起こるか判らない地震、其れも大津波を引き起こす程の大地震を考慮して、「安全性を100%担保出来ないから、マラソン大会を中止。」というのは、正に杞憂だと思う。「マラソン大会を中止する事での、地域経済に対する悪影響。」が懸念されるし、そういう事になってしまうとホテル経営者の男性が主張している様に、修学旅行も注視しなければいけないだろう。延いては「家の中」、其れも「高台の家の中」に、じっと引き籠っていなければならないという話になってしまう。
何か問題が起これば、主催者が糾弾されてしまうのは良く在る事。主催者側に明らかな非が在れば仕方ないとは思いますが、綿密に問題点を潰し込んで行ったのに、問題が発生したという場合は、糾弾されるのは酷と言えましょう。「大地震発生→大津波発生→大勢の犠牲者」という東日本大震災の悲劇は忘れてはいけないし、そういった悲劇を繰り返さない為の対策は打たなければいけない。でも、だからと言って、「何でも彼でも、行わないに越した事は無い。」という“後ろ向きな対応”はどうかと思うのです。
不景気な状況が延々と続いている我が国。かんちゃん@マラソン・マン様が御指摘されている、「大会を止める為の口実」という可能性も、全く零では無いでしょうね。景気が悪くなると、真っ先に削られるのがスポーツや文化の分野ですから。残念な話では在りますが・・・。
「大会を中止させようとは思わなかったのか?」
という記者の質問を一笑に付しました。現在ならたとえ、東京ビッグサイトには被害が及ばないとしても即、中止が告げられたと思います。(その方が大混乱になるかもしれません。)
熱海のマラソン大会中止は、まさに杞憂そのものだと思います。これでは、東京で五輪を開催することも不可能です。確かに、マラソン大会で沿道を埋め尽くすランナーやギャラリーを津波が襲う光景というのは想像しただけで恐ろしいものですが。
僕もマラソン大会のスタッフを務めたことがありますが、3000人もの参加者が集まるような大会の運営は、確かに大変です。市の職員にも休日出勤をさせてまで人を確保しないといけない、安全確保のために綿密な打ち合わせをしないといけない。大会に伴う交通規制を住民に理解していただく広報活動もしなくてはいけない、スポンサとも交渉しないといけない・・・。
大会関係者の皆さんには、大変失礼な想像だとは思いますが、もしかしたら、
「市としては、中止したいが、市民からの支持と人気も高いので、止めるに止められない。」
と思っていた、ということはないのでしょうか?そして、今回、「南海トラフ地震のよる津波の危機」を、中止させる口実が見つかった、と思ったのではないかと。
僕の想像こそ、杞憂であって欲しいと思います。今後、各地のマラソン大会が同様の理由で中止を決める、という連鎖が広がらぬことを祈ります。