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息子・久野康平(くの こうへい)を殺害した犯人は、嫁で在る想代子(そよこ)の嘗ての交際相手・隈本重邦(くまもと しげくに)。被告となった隈本は、裁判で「想代子から、『夫殺し』を依頼された。」と主張する。犯人の一言で、遺された家族の間に、疑念が広がってしまう。
「息子を殺したのは、彼の子よ。」。「馬鹿を言うな。俺達は、家族じゃないか。」。
未亡人となった想代子を疑う母親と、信じたい父親。
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雫井脩介氏の小説「クロコダイル・ティアーズ」は、一人息子の康平を殺害された両親と、康平の殺害を依頼されたと犯人から「殺害の依頼を受けた。」と名指しされた康平の妻との間で繰り広げられる“心の葛藤”を描いている。
タイトルの「クロコダイル・ティアーズ」を訳すと「鰐の涙」で、此れは「偽善者が悲報に接して噓泣きをする様な、偽りの不誠実な感情表現。」を意味する。大昔、「泣いている素振りをするけれど、全く涙が出てない。」と松田聖子さんの“嘘泣き”が良く指摘されたが、「夫の遺体と対面しても、嘘泣きをしていた様に見えた妻の姿。」が表されたタイトルだ。
最初に想代子に疑惑の目を向けたのは、元々彼女に対して心を許せなかった姑・暁美(あきみ)。疑惑の目を向ける様になったのは、息子を殺害した隈本の“暴露”によってだが、実姉・塚田東子(つかだ はるこ)が目撃した想代子の嘘泣きの話で、疑いを更に深める。一方、舅・貞彦(さだひこ)は、想代子に対して疑いを深めて行く妻に対し、「そんな訳は無い。」と主張。息子の忘れ形見・那由太(なゆた)を可愛がり、「将来は亡き息子の代わりに、自分の店を継がせたい。」という思いが強かった事も、暁美の主張を受け容れ難くさせていたのだが、妻から色々聞かされ、又、様々な出来事の発生で、心が揺れ始めて行く。
「嫁と姑」という永遠のテーマに加え、「嫁が、息子の殺害に手を貸したのかも知れない?」という疑念から、家族の間に疑心暗鬼の思いが増す。想代子の怪しさを感じさせる話が次々と明らかになる事で、読者も「想代子が、殺害に一枚噛んでいそう。」と思わされて行く事だろう。
想代子に疑いの目を向ける人々の前に、様々なトラブルが降り掛かる。「想代子の事を調べているから、こういう事になったのではないか?」と当時者達は考え、又、読者も同じ思いに。ミステリーの場合は概して、「物凄く怪しい人物だったが、結局、犯人は別人。」という展開になるのだけれど・・・。
最後にどんでん返しが設けられているが、想定内の範囲。「矢張り、そうだったか。」という思いと共に、「だけど、更なるどんでん返しが設けられているんだろうな。」と深読みしたが、何の事は無い、其の儘で終わってしまった。なので、「大山鳴動して鼠一匹」という、すっかり肩透かしを食らった気分。「『騙された!』という思いを感じたかったのになあ・・・。」と、残念感だけが残る。
総合評価は、星2.5個とする。