「こんなつまらない作品を、わざわざ観に来るんじゃなかった・・・。」映画「初恋」を観始めて暫くして思った事だった。「あの3億円事件の実行犯は女子高生だった!」という惹句が強烈に頭に焼き付いていた事も在り、最初からそういった展開を期待していたのだが、1960年代の若者達の姿が淡々と中盤辺り迄描かれていた事が退屈さを催させたのかもしれない。
学生運動が盛んで、街中ではデモに加わった学生と機動隊との衝突が日常茶飯事の様に繰り広げられていた時代。多くの若者達が明日の見えない、鬱々とした日々を送っていたそんな最中の1968年12月10日の出来事だった。東京芝浦電気の府中工場に向け、工場従業員達のボーナス約3億円(現在の貨幣価値では約30億円。)を乗せて走っていた日本信託銀行の現金輸送車が、1台の白バイに乗った警察官によって府中刑務所の裏通りで制止させられた。現金輸送車の運転手が不審顔で「どうしたのか?」と尋ねた所、その警察官は「貴方の銀行の支店長宅が爆破され、この輸送車にもダイナマイトが仕掛けられているという連絡が在ったので、調べさせてくれ。」と答え、輸送車の車体に潜り込んで爆発物を探す振りをしながら、隠し持っていた発炎筒に点火。警察官は「爆発するぞ!早く逃げろ!」と乗車していた行員達4名を車から降りる様に指示し、現場に白バイを残したまま現金を積んだ輸送車に乗って走り去って行ったという。残された行員達は「何と勇敢な人だ。」と感心したというが、その後になって自分達がまんまと騙され、現金が盗み取られた事を知る。
これが日本犯罪史上に有名な「三億円事件」の顛末だが、何が凄いかと言えば、犯人が暴力に訴えず、計略のみで莫大な金を盗み取った事に在るだろう。そして、この事件が「恨みを残さなかった犯罪」とも言われる所以だが、日本人は1円も損しなかったというのも特徴だろう。*1どういう事かと言えば、この約3億円には保険が掛けられており、更にその保険には”外国の”再保険が掛けられていたからだ。だからこそこの事件の翌日には、何事も無かったかの様に従業員達にきちんとボーナスが支払われている。
余りにも見事な手口に様々な犯人像が挙げられて来た。警察官の父親を持つ少年が犯人とする説も未だに語り継がれているが、結局犯人逮捕には到らずに1988年12月10日に民事時効も成立してしまい、真相は闇の彼方に葬り去られてしまった訳だ。
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女子高生のみすずは、叔母家族の家で暮らしている。幼い頃に、母は兄を連れて家を出てしまっていたからだ。叔母家族とは口を利かず、学校でも友達を作らずに孤独な日々を送る彼女。
そんな彼女が或る日、新宿の繁華街に在る薄汚れたジャズ喫茶「B」を訪れる。生き別れになっていた兄・亮が其処を根城にしているのを知ったからだ。煙草の煙が濛々と立ち込める退廃的なフロアの奥には、兄と共に5人の若い男女が所在無げに屯していた。
アングラ劇団の女優・ユカ、作家志望で積極的にデモに参加している浪人生のタケシ、喧嘩っ早い肉体派のテツ、御調子者でムード・メーカーのヤス、そして彼等とは一線を画したかの様に1人ランボーの詩集に目を落としている東大生の岸。みすずはやがて岸に恋心を抱く様になる。そして在る日、岸から現金強奪計画を打ち明けられた彼女は、一抹の不安を抱きながらも計画にのめり込んで行く・・・。
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タイトルが「初恋」なのだから、3億円事件よりは「初恋」に主眼が置かれているのは致し方ない事なのかもしれない。それだからこそ、中盤迄は若者達の日常風景が延々と描かれたのだろうが、これは上記した様に自分には退屈に思えた。しかし、中盤を過ぎた辺りから雰囲気は若干変わって行く。つまらなさから椅子に背中が付きっ切りだった自分も、それ以降はやや前のめりでスクリーンを観始めた程。
計画を立案した岸の”正体”は、この事件の特性を考えると、まあそういった落とし所になるのだろうなあという意外さの無いものだったが、エンディングに到る迄のみすずと岸の”別れ”、そして彼女と兄の亮との”永遠の別れ”は唯々遣る瀬無い。*2
此処に到ってフッと思った。中盤迄の淡々と描かれた若者達の姿には、あの当時の虚無的な世相も相俟って、皆が自暴自棄で遣る瀬無い”匂い”が放たれていた。延々とそういった匂いを放った事で、エンディングに到る迄の遣る瀬無さが一層際立ったのではないかと。もしかしたら、そういう計算が作り手側に在ったのではないかと思うのは、深読みし過ぎだろうか。
「3億円事件の謎に迫る!」という観点でこの作品を観たら、先ずガッカリするだろう。しかし、初恋の切なさ*3を描いた作品と割り切って観るので在れば、そうは悪く無い内容かもしれない。総合評価は星2.5個としたい。
*1 3億円事件は多方面に影響を及ぼす事となる。容疑者リストには、事件現場前に在る都立府中高校に在籍していた高田純次氏や、当時既に歌手活動を行なっていた布施明氏の名前迄挙がっていたというのは有名な話だが、この事件以降は現金輸送の危険性を鑑みて、給料等が現金の手渡しから口座振込みに移り変わって行ったというのも特筆される点だろう。
*2 映画の中では、7人の若者の内4人が若くして亡くなった事になっている。60年代の若者群像を描くと、どうしてこうも暗い結末になってしまうものが多いのだろうか。
*3 初恋と言えば、島崎藤村氏の詩「初恋」が印象深い。
学生運動が盛んで、街中ではデモに加わった学生と機動隊との衝突が日常茶飯事の様に繰り広げられていた時代。多くの若者達が明日の見えない、鬱々とした日々を送っていたそんな最中の1968年12月10日の出来事だった。東京芝浦電気の府中工場に向け、工場従業員達のボーナス約3億円(現在の貨幣価値では約30億円。)を乗せて走っていた日本信託銀行の現金輸送車が、1台の白バイに乗った警察官によって府中刑務所の裏通りで制止させられた。現金輸送車の運転手が不審顔で「どうしたのか?」と尋ねた所、その警察官は「貴方の銀行の支店長宅が爆破され、この輸送車にもダイナマイトが仕掛けられているという連絡が在ったので、調べさせてくれ。」と答え、輸送車の車体に潜り込んで爆発物を探す振りをしながら、隠し持っていた発炎筒に点火。警察官は「爆発するぞ!早く逃げろ!」と乗車していた行員達4名を車から降りる様に指示し、現場に白バイを残したまま現金を積んだ輸送車に乗って走り去って行ったという。残された行員達は「何と勇敢な人だ。」と感心したというが、その後になって自分達がまんまと騙され、現金が盗み取られた事を知る。
これが日本犯罪史上に有名な「三億円事件」の顛末だが、何が凄いかと言えば、犯人が暴力に訴えず、計略のみで莫大な金を盗み取った事に在るだろう。そして、この事件が「恨みを残さなかった犯罪」とも言われる所以だが、日本人は1円も損しなかったというのも特徴だろう。*1どういう事かと言えば、この約3億円には保険が掛けられており、更にその保険には”外国の”再保険が掛けられていたからだ。だからこそこの事件の翌日には、何事も無かったかの様に従業員達にきちんとボーナスが支払われている。
余りにも見事な手口に様々な犯人像が挙げられて来た。警察官の父親を持つ少年が犯人とする説も未だに語り継がれているが、結局犯人逮捕には到らずに1988年12月10日に民事時効も成立してしまい、真相は闇の彼方に葬り去られてしまった訳だ。
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女子高生のみすずは、叔母家族の家で暮らしている。幼い頃に、母は兄を連れて家を出てしまっていたからだ。叔母家族とは口を利かず、学校でも友達を作らずに孤独な日々を送る彼女。
そんな彼女が或る日、新宿の繁華街に在る薄汚れたジャズ喫茶「B」を訪れる。生き別れになっていた兄・亮が其処を根城にしているのを知ったからだ。煙草の煙が濛々と立ち込める退廃的なフロアの奥には、兄と共に5人の若い男女が所在無げに屯していた。
アングラ劇団の女優・ユカ、作家志望で積極的にデモに参加している浪人生のタケシ、喧嘩っ早い肉体派のテツ、御調子者でムード・メーカーのヤス、そして彼等とは一線を画したかの様に1人ランボーの詩集に目を落としている東大生の岸。みすずはやがて岸に恋心を抱く様になる。そして在る日、岸から現金強奪計画を打ち明けられた彼女は、一抹の不安を抱きながらも計画にのめり込んで行く・・・。
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タイトルが「初恋」なのだから、3億円事件よりは「初恋」に主眼が置かれているのは致し方ない事なのかもしれない。それだからこそ、中盤迄は若者達の日常風景が延々と描かれたのだろうが、これは上記した様に自分には退屈に思えた。しかし、中盤を過ぎた辺りから雰囲気は若干変わって行く。つまらなさから椅子に背中が付きっ切りだった自分も、それ以降はやや前のめりでスクリーンを観始めた程。
計画を立案した岸の”正体”は、この事件の特性を考えると、まあそういった落とし所になるのだろうなあという意外さの無いものだったが、エンディングに到る迄のみすずと岸の”別れ”、そして彼女と兄の亮との”永遠の別れ”は唯々遣る瀬無い。*2
此処に到ってフッと思った。中盤迄の淡々と描かれた若者達の姿には、あの当時の虚無的な世相も相俟って、皆が自暴自棄で遣る瀬無い”匂い”が放たれていた。延々とそういった匂いを放った事で、エンディングに到る迄の遣る瀬無さが一層際立ったのではないかと。もしかしたら、そういう計算が作り手側に在ったのではないかと思うのは、深読みし過ぎだろうか。
「3億円事件の謎に迫る!」という観点でこの作品を観たら、先ずガッカリするだろう。しかし、初恋の切なさ*3を描いた作品と割り切って観るので在れば、そうは悪く無い内容かもしれない。総合評価は星2.5個としたい。
*1 3億円事件は多方面に影響を及ぼす事となる。容疑者リストには、事件現場前に在る都立府中高校に在籍していた高田純次氏や、当時既に歌手活動を行なっていた布施明氏の名前迄挙がっていたというのは有名な話だが、この事件以降は現金輸送の危険性を鑑みて、給料等が現金の手渡しから口座振込みに移り変わって行ったというのも特筆される点だろう。
*2 映画の中では、7人の若者の内4人が若くして亡くなった事になっている。60年代の若者群像を描くと、どうしてこうも暗い結末になってしまうものが多いのだろうか。
*3 初恋と言えば、島崎藤村氏の詩「初恋」が印象深い。
ツルゲーネフの初恋も捨てがたいです。
やっぱり二つのテーマを詰め込むというのは無理があったのかもしれませんね。。。
映画の宣伝用のチラシを読み漁ってしまったので、感動もも薄れてしまったし・・・
宮崎あおいさん、不思議な顔立ちと存在感の女優さんですネ。
少年のようでいて、どこか薄幸で儚げです。
“遣る瀬無い”
という言葉に激しく反応してしまいました(笑)
近頃は日常の言葉も貧困なので、こちらのブログを訪問する度、日本に帰って来たような気持ちがしています♪
凄い、スゴイ、すご~い!
そんな言葉でしか表現できない若者にガッカリです。
「遣る瀬無い、やるせなきお、成瀬巳喜男」
そんな言葉も思い出しました(苦笑)
昔、川中美幸さんが歌った、
“遣らずの雨”
という曲をご存知でしょうか?
差し出した傘も傘も受けとらず
雨の中へと 消えた人
見送れば もう小さな影ばかり
私も濡れる 遣らずの雨♪
帰ろうとする者を、引き留めようとするかのように振りだす雨・・・。
私の好きな言葉の1つ、そして好きな曲なのです〆
みすずは三億円事件という大事に加担したという意識が薄かったですね~。
ひたすら岸のためになるなら・・・という感情で動いていました。
大胆な発想の原作ですが、とても面白いと思いました。
先ほど、神木隆之介さんの記事に、
“good news!”
と書き込みして下さったので、
これはもしや?
神木さんが中居正広さんと共演したドラマタイトルに引っ掛けたのでは?
と思い当たった次第です(笑)
宮崎あおいさんは、彼女が主演している連続TV小説、
“純情きらり”
を、昼食時に観ていますので、知っておりました。
三億円事件の発生当時、私はまだ1歳だったので記憶は全くありませんが、
あのモンタージュ写真はあちらこちらで見掛けた覚えがあります。
どうやら既に死亡していた男性の写真を使っていたと、後年になって知り、ドッと気の抜けた思いがしました。
世間が騒いでいた事件というと、オイルショックが最も古い私の記憶のような気がします。
この当時と比べ、日本の文明は飛躍的に発達しましたが、
真摯に本音で語り合う情熱が失われ、社会、親兄弟とさえも円滑な関係が築けなくなってしまった気がします。
20年ほど昔の話ですが、昭和40年代に円谷プロ作品で、特殊技術を担当していた方と知り合う機会があったのですが、その方が、三億円事件当時のお話を聴かせて下さいました。
当時、撮影所に出入りしたいた学生が、撮影用の機材や美術に関心を示していて、白バイについても質問されたとのことでした。
その方自身、その学生さんに疑いの目を向けていたということですが、当時の記憶をまとめて私たちを喜ばせようとしていたのだろうと、話半分に聞いていましたが、もしも特撮スタジオに出入りしたいた大学生が、何らかの形で事件に関与していたのだとしたら・・・、
いま、ふと考えてみたりしました(笑)
現代ではすぐに「力」が出てくる暴力的な事件が多いからか、このようにある意味「誰も痛まず、力も使わない」事件がとても知的に感じます。様々な背景を鑑みた上での犯人達の行動だったように思えるのは私だけでしょうか?
事件当時の退廃的な若者の雰囲気というのは、はっきりとはわかりませんが、村上春樹氏が描く大学闘争時代の主人公の様子などからよく想像します。今でもある意味退廃的であるとは思いますが、何かが違う?
若い監督なんですけどね。あの時代の空気を再現することに、ずいぶんこだわったようですね。若い人には退屈に写るかもしれませんね。
犯人と疑われた人物が2名自殺、そして捜査に当たった人間が1名亡くなっている事を指しておられるのだと思いますが、自分が言いたかったのはこの事件で“直接的な”死者が出なかったという点。犯罪は絶対に許される行為で無いのは言う迄も在りませんが、直接的な死者を出さず、「結局は損をした人間が居なかった。」とされる点に付いて、「凄いな・・・。」と思ってしまう部分が自分には在ります。
今後とも何卒宜しく御願い致します。